・・・そして、或者は低い口笛に合わせながら、或者は旋律に合わせて巧な櫂を操りながら、時を忘れて、水に浮ぶのでございます。 C先生、先生は此方の人々が愛用するカヌーを御承知でいらっしゃいますでしょう。両端の丸らかに刳上った幅狭の独木舟が、短かい・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 『つばくろ』を抱えた娘になんか会うと羨しい気持がしますよ、 あの細っかい旋律が私の心に合ってるんです。」「篤さんは?」「何んでもです、 何んでもすきなんです。」「貴方の奥の手ですよ、 でもあんまりいいこっちゃあ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・勢づいた流れの水は、旋律につれて躍り上り跳ね上って、絶間ない霧で、天と地との間を七色に包む。 ありとあらゆるものが、魔法のような美くしいうちに、乙女の声は体の顫える力と魅力をもって澄み上って行ったのです。 ユーラスは、半分夢中のよう・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・等の内面的旋律までを考えて日本古来の詩形を不朽な規範と考える態度に対して筆者の行っている理論的究明も、今日の現実の錯綜の中にあっては、結局萩原氏の詩論の心的・社会的因子にまでふれないと、読者にはぴったりと来ない。「新日本文化の会」のメムバー・・・ 宮本百合子 「ペンクラブのパリ大会」
・・・ ――灰色の遠い空の下まで…… ボロン、ボロン、ギターの音の裡から、身震いするように悲しげなマンドリンの旋律が、安葡萄酒と石油ストウブの匂いとで暖められた狭い室内を流れた。 私はきのう窓から見た 一人の旅人・・・ 宮本百合子 「街」
・・・の動作によって何事かを表現すれば、そこに表現せられたことはすでに面の表情となっている。たとえば手が涙を拭うように動けば、面はすでに泣いているのである。さらにその上に「謡」の旋律による表現が加わり、それがことごとく面の表情になる。これほど自由・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫