・・・ 源叔父の独子幸助海に溺れて失せし同じ年の秋、一人の女乞食日向の方より迷いきて佐伯の町に足をとどめぬ。伴いしは八歳ばかりの男子なり。母はこの子を連れて家々の門に立てば、貰い物多く、ここの人の慈悲深きは他国にて見ざりしほどなれば、子のため・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 朝日が日向灘から昇ってつの字崎の半面は紅霞につつまれた。茫々たる海の極は遠く太平洋の水と連なりて水平線上は雲一つ見えない、また四国地が波の上に鮮やかに見える。すべての眺望が高遠、壮大で、かつ優美である。 一同は寒気を防ぐために盛ん・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 建治二年三月旧師道善房の訃音に接するや、日蓮は悲嘆やる方なく、報恩鈔二巻をつくって、弟子日向に持たせて房州につかわし、墓前に読ましめ「花は根にかえる。真味は土にとどまる。此の功徳は故道善房の御身にあつまるべし」と師の恩を感謝した。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・後に道善房が死んだとき日蓮は身延山にいたが、深く悲しみ、弟子日向をつかわして厚く菩提を葬わしめた。小湊の誕生寺には日蓮自刻の母親の木像がある。いたって孝心深かった日蓮も法のため母を捨てねばならなかった。己が捨てし母の御姿木に造り千度・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・くそ真面目にかげ日向なくやる者は馬鹿の骨頂である。──そういうことも覚えた。 靴の磨きようが悪いと、その靴を頚に引っかけさせられて、各班を廻らせられる。掃除の仕方が悪いと、長い箒を尻尾に結びつけられて、それをぞろ/\引きずって、これも各・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・もっとも、その間には、これまで踏んだことのない土を踏み、交わったことのない人にも交わってみ、陰もあり日向もあるのだからその複雑な気持ちはちょっと言葉には尽くせない。実に無造作に、私はあの旅に上って行った。その無造作は、自分の書斎を外国の町に・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・庭いっぱいの黄色い日向は彼らが吐きだしているのかと思われる。「ちょっといらっしてごらんなさいな。小さな鮒かしらたくさんいますわ」と、藤さんは眩しそうにこちらを見る。「だって下駄がないじゃありませんか」「あたしだって足袋のままです・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・『鼻』に嫌気がさしていた山口を誘い、彼の親友、岡田と大体の計画をきめてから、ぼくは先ず神崎、森の同感を得、次に関タッチイを口説きに小日向に上りました。タッチイを強引に加入させると、カジョー、神戸がついてきてくれました。かくして、タッチイの命・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・なりもふりもかまわず、四足をなげ出し、うす赤い腹をひくひく動かしながら、日向に一日じっとしている。ひとがその傍を通っても、吠えるどころか、薄目をあけて、うっとり見送り、また眼をつぶる。みっともないものである。きたならしい。海の動物にたとえれ・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・これまでの経験ではまだ具体的な案は得られないが、適当にやれば、従来なら日影でいじけてしまうような天才を日向へ出して発達させる事も出来ようというのである。 著者はこれにつづいて、天才を見付ける事の困難を論じ、また補助奨励と天才出現とは必ず・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫