・・・「また御早うに……。」定勝さんも今日の船で帰校するとて、背嚢へ毛布を付けている。今日は船がよほどいつもよりは西へついている。何処の学校だか行軍に来たらしい。生徒が浜辺に大勢居る。女生の海老茶袴が目立って見える。船にのるのだか見送りだか二十前・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・「御早う……御呼びになりましたか」「うん呼んだ。ちょっと僕の着物を持って来てくれ。乾いてるだろうね」「ねえ」「それから腹がわるいんだから、粥を焚いて貰いたい」「ねえ。御二人さんとも……」「おれはただの飯で沢山だよ」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「いや御早う」。妻君の妹が Good morning と答えた。吾輩も英語で Good morning といった。田中君はムシャムシャやっている。吾輩は Excuse me といって食卓の上にある手紙を開いた。「エッジヒル」夫人からこの十七・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・見受ける処がよほど酩酊のようじゃが内には女房も待っちょるだろうから早う帰ってはどじゃろうかい。有り難うございます。………世の中に何が有難いッてお廻りさん位有難い者はないよ。こんな寒い晩でも何でもチャント立って往来を睨んで、何でも怪しいものと・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・お前もものの命をとったことは、五百や千では利くまいに、早うざんげさっしゃれ。でないと山ねこさまにえらい責苦にあわされますぞい。おお恐ろしや。なまねこ。なまねこ。」 狼はおびえあがって、きょろきょろしながらたずねました。「そんならどう・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・私は早う持って参じなければならないのでございます。第二の精霊 ここに居る三人は皆お主をいとしいと思って居るものばかりじゃ故お主の御怒にふれたら命にかけてわびを叶えてしんぜようナ。この間第三の精霊は木のかげからかおだけを出して絶え・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ お前が、せいて、早う早う云うてやったんやないか。蒔いた種子位、自分で仕末つけいでどうするんや。勝手もいいかげんにしとけ。と、とげとげしい言葉になって、気まずく寝て仕舞うのが定だった。 暗いラムプの灯の下で、栄蔵はたのま・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 麦の穂先だけのぞいている、 こっちの川を越すと店へ漬る、「水ちゅうもんは早うひくのう あんた」 大雨があがる、 晴天 碧い空に白い雲、西風爽か 山の松の幹もパラリとしてすがしく篁の柔かい若青葉がしなやかに瑞々しく重く見・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・法 そして早うきりをつけたがよいのでの。王 もうとうにきりがついて居るのじゃ、わしの方はの―― 僧官の任命権を得ようとお事の致いて居るのはお事が人間である限り必ずそうも有ろう事じゃ。 又わしが御事にそれを許すまいと致いて・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・私が土間に立って斯う云うと、「早う御上り、今日は昨日よりちとおそい□(御出や」お妙ちゃんは二階から斯う云いながら二人か三人のほうばいと一緒に長い袂を肩にかついで下りて来るのが常だった。そしてその人達にとりまかれてお妙ちゃんの手につかまっ・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
出典:青空文庫