・・・「なんでも執念深い皇子だといいますから、お姫さまは、早くこの町から立ち去って、あちらの遠い島へお逃げになったほうが、よろしゅうございましょう。あちらの島は、気候もよく、いつでも美しい、薫りの高い花が咲いているということであります。」と、・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・じゃ、早く国へお帰んなせえ。こんなとこにいつまでも転々していたってしようがねえ、旅用だけの事は何とか工面してあげるから。」 あまり出抜けで、私はその意を図りかねていた。「私もね、これでも十二三のころまでは双親ともにいたもんだが、今は・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そうして、唯早くしろ早くしろと子供をせッつくばかりでした。 子供は為方なしに、泣く泣く空から下がっている綱を猿のように登り始めました。子供の姿は段々高くなると一緒に段々小さくなりました。とうとう雲の中に隠れてしまいました。 みんなは・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・私もまた秋のけはいをひとより早く感ずる方である。といって、もの想う故にではない。じつは毎夜徹夜しているからである。 私の徹夜癖は十九歳にはじまり、その後十年間この癖がなおらず、ことに近年は仕事に追われる時など、殆んど一日も欠さず徹夜する・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・三日で済む苦しみを一週間に引延すだけの事なら、寧そ早く片付けた方が勝ではあるまいか? 隣のの側に銃もある、而も英吉利製の尤物と見える。一寸手を延すだけの世話で、直ぐ埒が明く。皆打切らなかったと見えて、弾丸も其処に沢山転がっている。 さア・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・斯う云ったようなことを一時間余りもそれからそれと並べ立てられて、彼はすっかり参っていた処なので、もう解ったから早く帰って呉れと云わぬばかしの顔していた処なので、そこへ丁度好くそのお茶の小包が着いたので、それが気になって堪らぬと云った風をして・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・これは医師が早くから気にしていたことで、その肝臓が痛み出しては、いよいよこれでお仕舞だと思いましたが、注射をしてからは少し痛みが楽に成りました。私は一度充分に眠るともっと楽になるだろうと思って、医師に相談してルミナールを二錠呑ませました。病・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・彼らはまた朝早くから四里も五里も山の中の山葵沢へ出掛けて行く。楢や櫟を切り仆して椎茸のぼた木を作る。山葵や椎茸にはどんな水や空気や光線が必要か彼らよりよく知っているものはないのだ。 しかしこんな田園詩のなかにも生活の鉄則は横たわっている・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・辰弥は生得馴るるに早く、咄嗟の間に気の置かれぬお方様となれり。過分の茶代に度を失いたる亭主は、急ぎ衣裳を改めて御挨拶に罷り出でしが、書記官様と聞くよりなお一層敬い奉りぬ。 琴はやがて曲を終りて、静かに打ち語らう声のたしかならず聞ゆ。辰弥・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・と声を低く、「きのうから出ていない樋口が、どこからか鸚鵡を持って来たが、君まだ見まい、早く見て来たまえ」と言いますから、私はすぐ樋口の部屋に行きました。裏の畑に向いた六畳の間に、樋口とこの家の主人の後家の四十七八になる人とが、さし向かいで何・・・ 国木田独歩 「あの時分」
出典:青空文庫