・・・人が思考する瞬間、行為する瞬間に、立ち現われた明確な現象で、人力をもってしてはとうてい無視することのできない、深奥な残酷な実在である。七 我らはしばしば悲壮な努力に眼を張って驚嘆する。それは二つの道のうち一つだけを選み取って・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ と明確に言った。 のみならず、紳士の舌には、斑がねばりついていた。 一人として事件に煩わされたものはない。 汀で、お誓を抱いた時、惜しや、かわいそうに、もういけないと思った。胸に硝薬のにおいがしたからである。 水を汲も・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・しかし、それもまた、僕には、残忍なほど明確な決心があった。 それがために、しかしわが家ながら、他家のごとく窮屈に思われ、夏の夜をうちわ使う音さえ遠慮がちに、近ごろにない寂しい徹宵の後に、やッと、待ち設けた眠りを貪った。 ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と云うも、然し是れとても亦来世の約束を離れたる道徳ではない、永遠の来世を背景として見るにあらざれば垂訓の高さと深さとを明確に看取することは出来ない。「心の貧しき者は福なり」、是れ奨励である又教訓である、「天国は即ち其人の有なれば也」、是・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・であり、いうならば、人間の可能性を描き、同時に小説形式の可能性を追求している点で、明確に日本の伝統的小説と区別されるのだ。日本の伝統的小説は可能性を含まぬという点で、狭義の定跡であるが、外国の近代小説は無限の可能性を含んでいる故、定跡化しな・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
最近「世界文学」からたのまれて、ジュリアン・ソレル論を三十枚書いたが、いくら書いても結論が出て来ない。スタンダールはジュリアンという人物を、明確に割り切っているのだが、しかし、ジュリアンというのはどんな人物かと問えば「赤と・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和んでくる。 ――おまえは腋の下を拭いているね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・ それについては、まだ理論的にも実せん的にも、十分な、明確な解決がなされていない。 日本の近代文学は、ブルジョア文学も、そして、プロレタリア文学も農民の生活に対する関心の持ち方が足りなかった。農民をママ子扱いにしていた。 なる程、農・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・なぜならば、私の実行的人生に対する現下の実情は、何らの明確な理想をも帰結をも認め得ていないからである。人生の目的は何であろうか。われらが生の理想とすべきものは何であろうか。少しもわかっていない。 もちろんかような問題に関した学問も一通り・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫