・・・ 脚腰の立たない横に寝たきりの子規氏の頭脳の中にかなり明確に保存されていた根岸の地理の一つの映像としてこれも面白いものの一つであろうと思う。この辺も区劃整理で昔の形が消えてしまうかどうか知りたいものである。 今久し振りにこの図を取出・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・ゆがんだ鏡に映った自分の顔をはじめは妙な顔だがなんだか見たような顔だと思って熟視しているとだんだんにそれが自分の映像だとわかってくるようなものである。このようにゆがめられた事実の横顔の描写が単に科学記事だけに限られているのならば幸いであるが・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・かりにねずみの身長を十五センチメートルとし、それを百五十メートルの距離から見るとんびの目の焦点距離を、少し大きく見積もって五ミリメートルとすると、網膜に映じたねずみの映像の長さは五ミクロンとなる。それが死んだねずみであるか石塊であるかを弁別・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・とが同時にオーヴァラップして聞こえていても、われわれはきれいに二つを別々に聞き分けることができるが、二つの少し込み合った映像の重合したものはただ混沌たる夢のようなものにしか見えない。たとえ二つのものは判別されても、二つのものの独自の属性は失・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・旅への誘いは、私の疲労した心の影に、とある空地に生えた青桐みたいな、無限の退屈した風景を映像させ、どこでも同一性の法則が反覆している、人間生活への味気ない嫌厭を感じさせるばかりになった。私はもはや、どんな旅にも興味とロマンスをなくしてしまっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・だがその現実の二重焼つけのような映像に対して、どんな態度かと云えば極めて心理的な麻痺の状態におかれているところがあると思う。 生活感情の不安定さをつきつめず、おどろきを失い、その日暮しになって、その不安定さから現象としてはあらゆる興・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・に納められた数篇の中に、明にその独自な気質の映像を認められると存じます。「二人の小さいヴァガボンド」は、内容に、種々な価値の問題、教育、宗教に対する考察、或は子供と大人の世界の差異に対する精密な観察等が含まれているにも拘らず、芸術品とし・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
出典:青空文庫