・・・殊に左近は出合いをあせって、ほとんど昼夜の嫌いなく、松山の内外を窺って歩いた。敵打の初太刀は自分が打ちたい。万一甚太夫に遅れては、主親をも捨てて一行に加わった、武士たる自分の面目が立たぬ。――彼はこう心の内に、堅く思いつめていたのであった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・こんな有様で、昼夜を分たず、ろくろく寝ることもなければ、起きるというでもなく、我在りと自覚するに頗る朦朧の状態にあった。 ちょうどこの時分、父の訃に接して田舎に帰ったが、家計が困難で米塩の料は尽きる。ためにしばしば自殺の意を生じて、果て・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ ○日月星昼夜織分――ごろからの夫婦喧嘩に、なぜ、かかさんをぶたしゃんす、もうかんにんと、ごよごよごよ、と雷の児が泣いて留める、件の浄瑠璃だけは、一生の断ちものだ、と眉にも頬にも皺を寄せたが、のぞめば段もの端唄といわず、前垂掛けで、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・下町、山の手、昼夜の火沙汰で、時の鐘ほどジャンジャンと打つける、そこもかしこも、放火だ放火だ、と取り騒いで、夜廻りの拍子木が、枕に響く町々に、寝心のさて安からざりし年とかや。 三月の中の七日、珍しく朝凪ぎして、そのまま穏かに一日暮れて…・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・とて、ただ筆硯に不自由するばかりでなく、書画を見ても見えず、僅かに昼夜を弁ずるのみなれば詮方なくて机を退け筆を投げ捨てて嘆息の余りに「ながらふるかひこそなけれ見えずなりし書巻川に猶わたる世は」と詠じたという一節がある。何という凄惻の悲史であ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・二晩も寝ずに昼夜打っ通しの仕事を続けていると、もう新吉には睡眠以外の何の欲望もなかった。情欲も食欲も。富も名声も権勢もあったものではない。一分間でも早く書き上げて、近所の郵便局から送ってしまうと、そのまま蒲団の中にもぐり込んで、死んだように・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・色町に近くどこか艶めいていながら流石に裏通りらしくうらぶれているその通りを北へ真っ直ぐ、軒がくずれ掛ったような古い薬局が角にある三ツ寺筋を越え、昼夜銀行の洋館が角にある八幡筋を越え、玉の井湯の赤い暖簾が左手に見える周防町筋を越えて半町行くと・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 山椒昆布を煮る香いで、思い切り上等の昆布を五分四角ぐらいの大きさに細切りして山椒の実と一緒に鍋にいれ、亀甲万の濃口醤油をふんだんに使って、松炭のとろ火でとろとろ二昼夜煮つめると、戎橋の「おぐらや」で売っている山椒昆布と同じ位のうまさに・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・昨日……たしか昨日と思うが、傷を負ってから最う一昼夜、こうして二昼夜三昼夜と経つ内には死ぬ。何の業くれ、死は一ツだ。寧そ寂然としていた方が好い。身動がならぬなら、せんでも好い。序に頭の機能も止めて欲しいが、こればかりは如何する事も出来ず、千・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・その時、医師の言われるには、これは心臓嚢炎といって、心臓の外部の嚢に故障が出来たのですから、一週間も氷で冷せばよくなりますとのことで、昼夜間断なく冷すことにしました。 其の頃は正午前眼を覚しました。寝かせた儘手水を使わせ、朝食をとらせま・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫