・・・巣立の鶴の翼を傷めて、雲井の空から落ちざまに、さながら、昼顔の花に縋ったようなのは、――島田髭に結って、二つばかり年は長けたが、それだけになお女らしい影を籠め、色香を湛え、情を含んだ、……浴衣は、しかし帯さえその時のをそのままで、見紛う方な・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・お母さんは、私がこんな本を読んでいるのを知ると、やっぱり安心なような顔をなさるが、先日私が、ケッセルの昼顔を読んでいたら、そっと私から本を取りあげて、表紙をちらっと見て、とても暗い顔をなさって、けれども何も言わずに黙って、そのまますぐに本を・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・それから昼顔の花もかすかにこれに反映するものである。直線運動としては囚徒や職工の行列、工作台上の滑走台、ジュアンヌの机の前の壁を走り上る数字の列等が著しいモチーフとして繰り返される。円形運動ではレコードや、ダイアルの回転があるほかに、新工場・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
一 昼顔 いくつぐらいの時であったかたしかには覚えぬが、自分が小さい時の事である。宅の前を流れている濁った堀川に沿うて半町ぐらい上ると川は左に折れて旧城のすその茂みに分け入る。その城に向こうたこちら・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・不利は、物的事情にとどまらず、業者とその気分に雷同する一部の作家間に、もうアプレ・ゲールでもないだろう、と咲きのこりの昼顔でも見るような態度をひきおこした。皮肉なことは、戦後派とよばれた近代文学同人たちの大部分が、前年の下半期から一九四九年・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫