・・・しかし血に染んだ遺書の中には、もう一通の書面が巻きこんであった。甚太夫はこの書面へ眼を通すと、おもむろに行燈をひき寄せて、燈心の火をそれへ移した。火はめらめらと紙を焼いて、甚太夫の苦い顔を照らした。 書面は求馬が今年の春、楓と二世の約束・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ さあその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必要は、その法令を規定したすべての条件を具えたものには、早速払い下げを許可するが、そうでないものをば一斉に書面を却下することとし、また相当の条件を具えた書面が幾通もあ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ その翌日村長は長文の手紙を東京なる高山法学士の許に送った、その文の意味は次ぎの如くである、―― 御申越し以来一度も書面を出さなかったのは、富岡老人に一条を話すべき機会が無かったからである。 先日の御手紙には富岡先生と富岡氏との・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・その理由は、桂の父が、当時世間の大評判であった田中鶴吉の小笠原拓殖事業にひどく感服して、わざわざ書面を送って田中に敬意を表したところ、田中がまたすぐ礼状を出してそれが桂の父に届いたという一件、またある日正作が僕に向かい、今から何カ月とかする・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・趙再思は仕方なしに俟っていると、暮方になって漸く季は出て来て、余怒なお色にあるばかりで、「自分に方鼎を売付けた王廷珸という奴めは人を馬鹿にした憎い奴、南科の屈静源は自分が取立てたのですから、今書面を静源に遣わしました。静源は自分のためにこの・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・殿「再度書面を遣ったに出て来んのは何ういうわけか」七「へえ」殿「他へでも往ったか」七「へえ」殿「煩いでもしたか」七「へえ」殿「然うでもないようだな」七「へえ」殿「何だかそれじゃア分らん、迎いをやっても来て・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・としたためたかきつけと、東京方面の事情を上奏する書面を入れた報告筒を投下し、胸をとどろかせてまっていると、下から大きな旗がふりはじめられたので、かしこみよろこんで、帰還し 摂政宮殿下に言上しました。 皇族の方々のおんうち、東京でおやしき・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 余もまた余の所見を公けにするため、翌十三日付を以て、下に掲ぐる書面を福原局長に致した。「拝啓学位辞退の儀は既に発令後の申出にかかる故、小生の希望通り取計らいかぬる旨の御返事を領し、再応の御答を致します。「小生は学位授与の御通知・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・老近侍 もう、ずんと前からの事じゃと申す話でござるわ、陛下にお書面でお坊様のお役をきめる事はわしにさせて下されと申し越されてお出でなされたのはの。二三度までのお願にはお偉いお方じゃ程に陛下もおだやかに「ならぬ」とばかり仰せられていらせら・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫