・・・「ナニ最早大概吐き尽したんですよ、貴様は我々俗物党と違がって真物なんだから、幸貴様のを聞きましょう、ね諸君!」 と上村は逃げかけた。「いけないいけない、先ず君の説を終え給え!」「是非承わりたいものです」と岡本はウイスキーを一・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・大層弱い生れつきであって、生れて二十七日目に最早医者に掛ったということです。御維新の大変動で家が追々微禄する、倹約せねばならぬというので、私が三歳の時中徒士町に移ったそうだが、其時に前の大きな家へ帰りたい帰りたいというて泣いていて困ったから・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 旅行も日本内地は最早何等の思慮分別をも要せぬほどに開けてまいりました。で、鉄道や汽船の勢力が如何なる海陬山村にも文明の威光を伝える為に、旅客は何の苦なしに懐手で家を飛出して、そして鼻歌で帰って来られるようになりました。其の代りに、つい・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ 故に人間の死ぬのは最早問題ではない、問題は実に何時如何にして死ぬかに在る、寧ろ其死に至るまでに如何なる生を享け且つ送りしかに在らねばならぬ。 三 苟くも狂愚にあらざる以上、何人も永遠・無窮に生きたいとは言わぬ、・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・段から落ちて、ひどく脳を打って、それからあんな発育の後れたものに成ったとは、これまで彼女が家の人達にも、親戚にも、誰に向ってもそういう風にばかり話して来たが、実はあの不幸な娘のこの世に生れ落ちる日から最早ああいう運命の下にあったとは、旦那だ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・古い屋敷の中には最早人の住まないところもある。破れた土塀と、その朽ちた柱と、桑畠に礎だけしか残っていないところもある。荒廃した屋敷跡の間から、向うの方に小諸町の一部が望まれた。「浅間が焼けてますよ」 と先生は上州の空の方へ靡いた煙を・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・しかし、最早や御近所へ披露してしまった後だから泣寝入りである。後略のまま頓首。大事にしたまえ。萱野君、旅行から帰って来た由。早川俊二。津島君。」 月日。「返事よこしてはいけないと言われて返事を書く。一、長篇のこと。云われるまでも・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私は最早、そのようなひまな遊戯には同情が持てなかったので、君も悧巧になったね、君がテツさんに昔程の愛を感じられなかったなら、別れるほかはあるまい、と汐田の思うつぼを直截に言ってやった。汐田は、口角にまざまざと微笑をふくめて、しかし、と考え込・・・ 太宰治 「列車」
・・・船の進むにつれて最早気味悪き音はやんで動揺はようやく始まりて早や胸悪きをじっと腹をしめて専ら小説に気を取られるように勉むればよう/\に胸静まり、さきの葡萄酒の酔心。ほっとしていつしか書中の人となりける。ボーイの昼食をすゝむる声耳に入りたれど・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・局面回復の要はないか。最早志士の必要はないか。飛んでもないことである。五十歳前、徳川三百年の封建社会をただ一簸りに推流して日本を打って一丸とした世界の大潮流は、倦まず息まず澎湃として流れている。それは人類が一にならんとする傾向である。四海同・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫