・・・子規が没した翌年ごろ、二十五歳になっていた節に写生文「月見の夕」というような作品があり追々この種の作品がふえ、はじめての短篇小説は「炭焼のむすめ」であったらしい。「土」は恐らく慎重な節によって永い月日を費して書かれていたものであったろうが発・・・ 宮本百合子 「「土」と当時の写実文学」
・・・甲斐の武田勝頼が甘利四郎三郎を城番に籠めた遠江国榛原郡小山の城で、月見の宴が催されている。大兵肥満の甘利は大盃を続けざまに干して、若侍どもにさまざまの芸をさせている。「三河の水の勢いも小山が堰けばつい折れる。凄じいのは音ばかり」・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・その上借財のある身分で刀の披露をしたり、月見をしたりするのは不心得だ」と云った。 この詞の意味よりも、下島の冷笑を帯びた語気が、いかにも聞き苦しかったので、俯向いて聞いていた伊織は勿論、一座の友達が皆不快に思った。 伊織は顔を挙げて・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・策士雲井龍雄と月見をした海嶽楼は、この家の二階である。 幕府滅亡の余波で、江戸の騒がしかった年に、仲平は七十で表向き隠居した。まもなく海嶽楼は類焼したので、しばらく藩の上邸や下邸に入っていて、市中の騒がしい最中に、王子在領家村の農高・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫