・・・顕にして晦、肯定にして否定とは正に『それだけだ』の謂でありましょう。「この『半肯定論法』は『全否定論法』或は『木に縁って魚を求むる論法』よりも信用を博し易いかと思います。『全否定論法』或は『木に縁って魚を求むる論法』とは先週申し上げた通・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町を歩いた。町外れの海に臨んだ突端しに、名高い八幡宮がある。そこの高い石段を登って、有名なここの眺望にも対してみた。切立った崖の下からすぐ海峡を隔てて、青々とした向うの国を望んだ眺めは・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・と媼さんは何か思案に晦れる。莨を填めては吸い填めては吸い、しまいにゴホゴホ咽せ返って苦しんだが、やッと落ち着いたところで、「お光さん、一体今度のお話の……金之助さんとかいうのでしたね? その方はどこに今おいででございますね?」「え、それ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・政治家と相結んで国家的公共の事業を企画し名を売り利を釣る道を知らず、株式相場の上り下りに千金を一攫する術にも晦い。僕は文士である。文士は芸術家の中に加えられるものであるが、然し僕はもう老込んでいるから、金持の後家をだます体力に乏しく、また工・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・再び狼の爪につかまれぬためには、変名して手紙を受とったり、住居を晦したり、辛酸をなめた。母親とベルニィ夫人の助けで一時は凌いだが、バルザックはこの破綻で「単に貧しい男となったのみではない。」「苦しい借金を免れ、母から借りた金を返すために生涯・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・「有明は自己の渋晦さをより明に意識しようとはせず、評言に動かされ、渋晦ならざらんとしたところに彼の破滅があった」と。 宮本百合子 「無題(五)」
出典:青空文庫