・・・ そこは有名な暗礁や島の多いところだ。その島の小学児童は毎朝勢揃いして一艘の船を仕立てて港の小学校へやって来る。帰りにも待ち合わせてその船に乗って帰る。彼らは雨にも風にもめげずにやって来る。一番近い島でも十八町ある。いったいそんな島で育・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・自分の外に六名の委員が居ても多くは有名無実で、本気で世話を焼くものは自分の外に升屋の老人ばかり。予算から寄附金のことまで自分が先に立って苦労する。敷地の買上、その代価の交渉、受負師との掛引、割当てた寄附金の取立、現金の始末まで自分に為せられ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ある文筆夫人に、女学校へも行かなかった人だが、事情あって娘のとき郷里を脱け出て上京し、職業婦人になって、ある新聞記者と結婚し、子どもを育て、夫を助けて、かなり高い社会的地位まで上らせ、自分も独学して、有名な文筆夫人になっている人がある。夫も・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ ユフカは、外国の軍隊を襲撃したパルチザンが逃げこんで百姓に化けるので有名だった。そればかりでなく、そこの百姓が残らずパルチザンだ。――ポーランド人の密偵の報告によるとそうだった。 密偵は、日本軍にこびるために、故意に事実を曲げて仰・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・心慧思霊の非常の英物で、美術骨董にかけては先ず天才的の眼も手も有していた人であったが、或時金きんしょうから舟に乗り、江右に往く、道に毘陵を経て、唐太常に拝謁を請い、そして天下有名の彼の定鼎の一覧を需めた。丹泉の俗物でないことを知って交ってい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ゴッホの有名な、皆が輪になって歩き廻わっている「囚人運動」は、泥棒か人殺連中の囚人運動で、俺だちの囚人運動は矢張りゴッホには描けなかったのだろう。 俺はその中で尻をはしょって、両肌ぬぎになり、おイちニ、おイちニ、と馳け足をはじめる。二十・・・ 小林多喜二 「独房」
此スバーと云う物語は、インドの有名な哲学者で文学者の、タゴールが作ったものです。インド人ですが英国で勉強をし立派な沢山の本を書いています。六七年前、日本にも来た事がありました。此人の文章は実に美しく、云い表わしたい十の・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・男の名は、いまになっては、少し有名になってしまって、ここには、わざと明記しない。 弱く、あさましき人の世の姿を、冷く三つ列記したが、さて、そういう乃公自身は、どんなものであるか。これは、かの新人競作、幻燈のまちの、なでしこ、はまゆう・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・一昨年来急に世界的に有名になってから新聞雑誌記者は勿論、画家彫刻家までが彼の門に押しよせて、肖像を描かせろ胸像を作らしてくれとせがむ。講義をすまして廊下へ出ると学生が押しかけて質問をする。宅へ帰ると世界中の学者や素人から色々の質問や註文の手・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・「ここは顕官の泊るところです。有名な家です」桂三郎は縁側の手摺にもたれながら言った。淡路がまるで盆石のように真面に眺められた。裾の方にある人家の群れも仄かに眺められた。平静な水のうえには、帆影が夢のように動いていた。モーターがひっきりな・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫