・・・ 娘の唖な事を隠して他人の手に引渡して、スバーの両親は故郷に帰って仕舞いました。有難いことです! 斯うやって彼等は親の務めを兎に角済ませたから、スバーの親達には此世の幸福と天国の安らかさが、真個に与えられると云うのでしょうか。花婿の仕事・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・の有難いところばかり思い出され、残念でなりません。私が中学校で少しでも佳い成績をとると、おどさは、世界中の誰よりも喜んで下さいました。 私が中学の二年生の頃、寺町の小さい花屋に洋画が五、六枚かざられていて、私は子供心にも、その画に少し感・・・ 太宰治 「青森」
・・・きびしい潔癖を有難いものに思った。完成と秩序をこそあこがれた。そうして、芸術は枯れてしまった。サンボリスムは、枯死の一瞬前の美しい花であった。ばかどもは、この神棚の下で殉死した。私もまた、おくればせながら、この神棚の下で凍死した。死んだつも・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・あれ、これと文学の敵を想定してみるのだが、考えてみると、すべてそれは、芸術を生み、成長させ、昇華させる有難い母体であった。やり切れない話である。なんの不平も言えなくなった。私は貧しい悪作家であるが、けれども、やはり第一等の道を歩きたい。つね・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・酒がこんなに有難いものだとは思わなかった。酒は不潔な堕落のような気がして、このとしになるまで盃をふくんだ事がなかったのですが、国内に酒が少し不足になりかけた頃に、あわてて酒の稽古をするとは、実に、おどろくべき遅刻者であります。私は、いつでも・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・樹名を書いた札のついているのは有難いがなかなか一度見たくらいでは覚えられそうもない。 池の方へ路の分れる処に茶店がある。そこで茶をのんで餅をつまんでいたら、同宿の若い夫婦連れがあとからはいって来た。腰を下ろしたと思うと御主人が「や、しま・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・じっと見ていると、何かしら嬉しいような有難いような気がして来る。ほんとうに描いた人の心持が、見ている自分の心に滲み込んで来るように思う。 どういう訳だか分らないが、あの右の手の何とも名状の出来ない活きた優雅な曲線と鮮やかに紅い一輪の花が・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・無理をしたくても出来ないという有難い状況に常住しているのである。そのために、あらゆる義理を欠き、あらゆる御無沙汰をして、寒さを逃げ廻っては、こそこそと一番大事なと思う仕事だけを少しずつしている。そのお蔭で幸いに今年はまだ流感に冒されず従って・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・もし読者のうちでこの謎の意味を自分の腑に落ちるようにはっきり解説してくれる人があったら有難いと思うのである。 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・第一其等が有難いと云うな、偽の有難いんだ。何となれば、文学哲学の価値を一旦根底から疑って掛らんけりゃ、真の価値は解らんじゃないか。ところが日本の文学の発達を考えて見るに果してそう云うモーメントが有ったか、有るまい。今の文学者なざ殊に、西洋の・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
出典:青空文庫