・・・ 親爺は、朴訥で、真面目だった。「俺ら、田地を買うて呉れたって、いらん。」「われ、いらにゃ、虹吉が戻ってくりゃ、虹吉にやるがな。」「兄やんが、戻って来ると思っとるんか、……馬鹿な! もう戻って来るもんか。なんぼ田を買うたって・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・そして真率朴訥という事から出て来る無限の大勢力の前に虚飾や権謀が意気地なく敗亡する事を痛快に感じないではいられない。 以上の比較は無論ただ津田君の画のある小さい部分について当て嵌るものであって、全体について云えば津田君の画は固より津田君・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・滋養に富んだ牛肉とお行儀のいい鯛の塩焼を美味のかぎりと思っている健全な朴訥な無邪気な人たちは幸福だ。自分も最う一度そういう程度まで立戻る事が出来たとしたら、どんなに万々歳なお目出度かりける次第であろう……。惆悵として盃を傾くる事二度び三度び・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・この顔にはいろいろの種類があるが、その表情の朴訥穏和なことは、殆ど皆一様で、何処となくその運命と境遇とに甘んじているようにも見られるところから、一見人をして恐怖を感ぜしめるほど陰険な顔もなければまた神経過敏な顔もない。百貨店で呉服物見切の安・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・一 女性は最も優美を貴ぶが故に、学問を勉強すればとて、男書生の如く朴訥なる可らず、無遠慮なる可らず、不行儀なる可らず、差出がましく生意気なる可らず。人に交わるに法あり。事に当りて論ず可きは大に論じて遠慮に及ばずと雖も、等しく議論するにも・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・たちを一通り仕こんで方々の家へ女中として世話しているのであるが、その娘たちの心の中には、このとし子とは違うか、又全く同じような当惑や、型に入れぬ工合わるさがあるだろうし、多かれ少なかれ持っている田舎の朴訥さ、一本気が段々くずされて都会に所謂・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
出典:青空文庫