・・・「銀杏の樹から本堂まで、一丁半ばかり、石が敷き詰めてあった。非常に細長い寺だった」「這入って見たかい」「やめて来た」「そのほかに何もないかね」「別段何もない。いったい、寺と云うものは大概の村にはあるね、君」「そうさ、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 善光寺では本堂の横手に「十銭から御普請のお手伝いを願います」と立札を立てている。お札所のようなところで御屋根銅板一枚一円と勧進している。銅板に墨で住所氏名を書いた見本が並べられている。モーニングを着て老妻をつれた年寄の男が、紋付羽織の・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ 九品仏は今は殆ど廃寺に等しい。本堂の裏に三棟独立した堂宇があり、内に三対ずつの仏像を蔵している。徳川時代のものだろうか。もう暗いので、朧に仏像の金色が見えただけ、木像、光背も木。余り立派な顔の仏でないようだ。境内宏く、古びた大銀杏の下・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・自分達の本堂に在す仏を拝んでは、次の瞬間に冷静な美術批評家ぶって見、それを些か誇とする――私の穿ちすぎた感じ方かも知れないが、そこに何とも云えず佗びしいものがある。本気で修業する僧と、外来の者を案内したり何かする事務員とは別々な方が自然だ。・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・時間がおそかったので、本堂の扉が住持が閉めたところであった。宝物は一つも見られず。千呆禅師が天和二年に長崎の饑饉救済をしたという大釜の前に立って居ると、庫裡からひどく仇っぽさのある細君が吾妻下駄をからころ鳴して出て来た。龍宮造りの楼門のとこ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・それはさきころまで、本堂の背後の僧院におられましたが、行脚に出られたきり、帰られませぬ」「当寺ではどういうことをしておられましたか」「さようでございます。僧どもの食べる米を舂いておられました」「はあ。そして何かほかの僧たちと変っ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・ 本堂の前から門の外まで、広い石畳が続いている。その石の上には、今手に手に松明を持った、三郎が手のものが押し合っている。また石畳の両側には、境内に住んでいる限りの僧俗が、ほとんど一人も残らず簇っている。これは討手の群れが門外で騒いだとき・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・辻堂を大きくしたようなこの寺の本堂の壁に、新聞反古を張って、この坊さんが近頃住まっているのである。 主人は嬉しそうな顔をして、下女を呼んで言い附けた。「饂飩がまだあるなら、一杯熱くして寧国寺さんに上げないか。お寒いだろうから。」・・・ 森鴎外 「独身」
一 村では秋の収穫時が済んだ。夏から延ばされていた消防慰労会が、寺の本堂で催された。漸く一座に酒が廻った。 その時、突然一枚の唐紙が激しい音を立てて、内側へ倒れて来た。それと同時に、秋三と勘次の塊りは組み合ったまま本堂の中へ・・・ 横光利一 「南北」
・・・嵯峨の臨川寺の本堂前も、二十七、八年前からそういう苔庭になっている。こういう杉苔は、四季を通じて鮮やかな緑の色調を持ち続け、いつも柔らかそうにふくふくとしている。ことにその表面が、芝生のように刈りそろえて平面になっているのではなく、自然に生・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫