・・・だから、今、武田さんの真似をした書出しを使うのは、私の本意ではない。しかも敢て真似をするのは、武田さんをしのぶためである。武田さんが死んだからである。してみれば、武田さんが死ななければこんな書出しを使わなかった筈だ。ますます私の本意ではない・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・これは私の本意ではなかった。しかし、かえりみれば、私という人間の感受性は、小説を書くためにのみ存在しているのだと今はむしろ宿命的なものさえ考えている。 こうした考え方は、誇張であろう。しかし、誇張でないいかなる文学があろうか。最近よんだ・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・恋愛の最高原理を運命におかずして、選択におくことは決して私の本意ではない。それは結婚の神聖と夫婦の結合の非功利性とを説明し得ない。私は「運命的な恋愛をせよ」と青年学生に最後にいわなければならないのだ。私自身は恋愛が選択を越えたものであること・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・昔伊勢の国で冬咲の桜を見て夢庵が、冬咲くは神代も聞かぬ桜かな、と作ったのは、伊勢であったればこそで、かように本歌を取るが本意である、毛利大膳が神主ではあるまいし、と笑ったということである。紹巴もこの人には敵わない。光秀は紹巴に「天が下しる五・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・おものも申さで立ち候こと本意なき限りに存じまいらせ候。なにとぞお許しくだされたく候。 これは足を洗いながら自分が胸の中で書いた手紙である。そして実際にこんな手紙が残してあるかもしれないと思う。出ようとする間ぎわに、藤さんはとんとんと・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・御記憶がうすくなって居られると考えますが、二月頃、新宿のモナミで同人雑誌『青い鞭』のことでおめにかかり、そしてその時のわかれ方が非常に本意なく思われて、いつもすまなく感じていて、自分ひとりでわるびれた気持になっています。いつかお詫びの手紙を・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私のような謂わば一介の貧書生に、河内さんのお家の事情を全部、率直に打ち明けて下され、このような状態であるから、とても君の希望に副うことのできないのが明白であるのに、尚ぐずぐずしているのも本意ないゆえ、この際きっぱりお断りいたします、とおっし・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・けれども、この不愉快な事件の顛末を語るのが、作者の本意ではなかったのである。作者はただ、次のような一少女の不思議な言葉を、読者にお伝えしたかったのである。 節子は、誰よりも先きに、まず釈放せられた。検事は、おわかれに際して、しんみりした・・・ 太宰治 「花火」
・・・『武家義理物語』の三の一に「すこしの鞘とがめなどいひつのり、無用の喧嘩を取むすび、或は相手を切りふせ、首尾よく立のくを、侍の本意のやうに沙汰せしが、是ひとつと道ならず。子細は、其主人、自然の役に立ぬべしために、其身相応の知行をあたへ置れ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・またそうした手数を尽さないでも、私の本意が充分ご会得になったなら、私の満足はこれに越した事はありません。あまり時間が長くなりますからこれでご免を蒙ります。 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫