・・・するとそれを見た姉のお絹が、来月は長唄のお浚いがあるから、今度は自分にも着物を一つ、拵えてくれろと云い出した。父はにやにや笑ったぎり、全然その言葉に取り合わなかった。姉はすぐに怒り出した。そうして父に背を向けたまま、口惜しそうに毒口を利いた・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・とこれと、来月出す「明君」とは皆、同じ人の集めてくれた材料である。○同人は皆、非常に自信家のように思う人があるが、それは大ちがいだ。ほかの作家の書いたものに、帽子をとることも、ずいぶんある。なんでもしっかりつかまえて、書いてある人を見る・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・するともう一度後から、「奥様、旦那様は来月中に、御帰りになるそうですよ。」と、はっきり誰かが声をかけた。その時も千枝子はふり向いて見たが、後には出迎えの男女のほかに、一人も赤帽は見えなかった。しかし後にはいないにしても、前には赤帽が二人ばか・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・ きく奴も、聞く奴だが、「早うて、……来月の今頃だあねえ。」「成程。」 まったく山家はのん気だ。つい目と鼻のさきには、化粧煉瓦で、露台と言うのが建っている。別館、あるいは新築と称して、湯宿一軒に西洋づくりの一部は、なくてはな・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・「どこへ行くだ、辰さん。……長塚の工事は城を築くような騒ぎだぞ。」「まだ通れないのか、そうかなあ。」店の女房も立って出た。「来月半ばまで掛るんだとよう。」「いや、難有う。さあ引返しだ。……いやしくも温泉場において、お客を預る自動車屋ともある・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・政夫だって気をつけろ……。来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」 民子は年が多いし且は意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついたか、非常に愧じ入った様子に、顔真赤にして俯向いている。常は母に少し位小言云われても随分だだをいうの・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 僕が食膳に向うと、子供はそばへ来て、つッ立ったまま、姉の方が、「学校は、もう、来月から始まるのよ」と言う。吉弥を今月中にという事件が忘れられない。弟の方はまた、「お父さん、いちじくを取っておくれ」と言う。 いちじくと言われ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「じゃ、僕のは無くてもいけるだろう。来月にのばしちゃえよ」「だめ! あんたが書くまで、僕は帰らんからね」「泊り込みか。ざまア見ろ」 Aさんは笑いながら出て行った。「書きゃいいんだろう、書きゃア」 武田さんはAさんの背・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・「来月一ぱいは打てそうもありません」「その代り冬休という奴が直ぐ前に控えていますからな。左右に火鉢、甘い茶を飲みながら打つ楽は又別だ」といいつつ老人は懐中から新聞を一枚出して、急に真顔になり「ちょっとこれを御覧」 披げて二面・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・昨日は又、創作、『ほっとした話』一篇、御恵送被下厚く御礼申上候。来月号を飾らせていただきたく、お礼如此御座候。諷刺文芸編輯部、五郎、合掌。」 月日。「お手紙さしあげます。べつに申しあげることもないのでペンもしぶりますが読んでいた・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫