・・・やっと間に合った汽車の機関車に七五三松飾りのしてあったのが当時の自分には珍しかった。 明治四十二年の暮には南ドイツからウィーンを見物してヴェニスに泊ったのがちょうどクリスマスであった。クリスマスは旅人を感傷的にする夕だと誰かが云った・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・竹の葉の汚らしく枯れた松飾りの間からは、家の軒ごとに各自勝手の幟や旗が出してあるのが、いずれも紫とか赤とかいう極めて単純な色ばかりを択んでいる。 自分は憤然として昔の深川を思返した。幸い乗換の切符は手の中にある。自分は浅間しいこの都会の・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・中井から家へ来るまでの、ほんの一二丁の町並も、もう松飾りをしたりして、福引をやっている。うちの瀬戸さんは、そこでモチアミをあてました。 神田では三省堂を出てから夜店の古本を見て十銭でエジソン伝など掘出し、あすこの不二家へよってコーヒーと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・みたいなものと、船じるし、松飾りをした船とが、しっくりとつり合って、絵にでも書いて置きたい様に見える。 春先の様に水蒸気が多くないので、まるで水銀でもながす様に、テラテラした海面の輝きが自然に私の眼を細くさせる。 この海からの反射光・・・ 宮本百合子 「冬の海」
出典:青空文庫