・・・そこへ彼も潮に濡れたなり、すたすた板子を引きずって来た。が、ふと彼の足もとに僕等の転がっているのを見ると、鮮かに歯を見せて一笑した。Mは彼の通り過ぎた後、ちょっと僕に微苦笑を送り、「あいつ、嫣然として笑ったな。」と言った。それ以来彼は僕・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・けれども大船に救い上げられたからッて安心する二葉亭ではないので、板子一枚でも何千噸何万噸の浮城でも、浪と風との前には五十歩百歩であるように思えて終に一生を浪のうねうねに浮きつ沈みつしていた。 政治や外交や二葉亭がいわゆる男子畢世の業とす・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・んぞというものは、ボラという魚が余り上等の魚でない、群れ魚ですから獲れる時は重たくて仕方がない、担わなくては持てないほど獲れたりなんぞする上に、これを釣る時には舟の艫の方へ出まして、そうして大きな長い板子や楫なんぞを舟の小縁から小縁へ渡して・・・ 幸田露伴 「幻談」
出典:青空文庫