・・・忍びて様子をうかがいたまわば、すッと障子をあくると共に、銀杏返の背向に、あとあし下りに入り来りて、諸君の枕辺に近づくべし。その瞬時真白なる細き面影を一見して、思わず悚然としたまわんか。トタンに件の幽霊は行燈の火を吹消して、暗中を走る跫音、遠・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 夜が明けそうと気づいて、驚いてまた枕辺にかえった。妻もうとうとしてるようであった。ほかの七、八人ひとりも起きてるものは無かった。ただ燈明の火と、線香の煙とが、深い眠りの中の動きであった。自分はこの静けさに少し気持ちがよかった。自分の好・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・しいてうちえみ、紀州を枕辺に坐らせて、といきつくづくいろいろの物語して聞かしぬ。そなたは鱶ちょう恐ろしき魚見しことなからんなど七ツ八ツの児に語るがごとし。ややありて。「母親恋しくは思わずや」紀州の顔見つつ問いぬ。この問を紀州の解しかねし・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・なれば残り惜しく二人は語り、さて帰るさ、庭の主人に一語の礼なくてあるべからずと、打ち連れて詩人の室に入れば、浮世のほかなる尊き顔の色のわかわかしく、罪なき眠りに入れる詩人が寝顔を二人はしばし見とれぬ。枕辺近く取り乱しあるは国々の詩集なり。そ・・・ 国木田独歩 「星」
・・・「枕辺にわれあらば」と少女は思う。「一夜の後たぎりたる脳の漸く平らぎて、静かなる昔の影のちらちらと心に映る頃、ランスロットはわれに去れという。心許さぬ隠士は去るなという。とかくして二日を経たり。三日目の朝、われと隠士の眠覚めて、病む・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・余が修善寺で生死の間に迷うほどの心細い病み方をしていた時、池辺君は例の通りの長大な躯幹を東京から運んで来て、余の枕辺に坐った。そうして苦い顔をしながら、医者に騙されて来て見たと云った。医者に騙されたという彼は、固より余を騙すつもりでこういう・・・ 夏目漱石 「三山居士」
出典:青空文庫