・・・彼はただじっと両膝をかかえ、時々窓の外へ目をやりながら、(鉄格子をはめた窓の外には枯れ葉さえ見えない樫院長のS博士や僕を相手に長々とこの話をしゃべりつづけた。もっとも身ぶりはしなかったわけではない。彼はたとえば「驚いた」と言う時には急に顔を・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ くりの木のこずえで、海の方を見ながら、歌をうたっていた枯れ葉も、いつか地に落ちて朽ちてしまえば、村を出たおかよは、もう二年もたって、すっかり都のふうにそまったころです。 ある日おかよは、お嬢さまのおへやへ入ると、ストーブの火が燃え・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・頭の上を風の吹き過ぎるごとに、楢の枯れ葉の磨れ合う音ががさがさとするばかり。元来この楢はあまり風流な木でない。その枝は粗、その葉は大、秋が来てもほんのりとは染まらないで、青い葉は青、枯れ葉は枯れ葉と、乱雑に枝にしがみ着いて、風吹くとも霜降る・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・かれは木の葉一つ落ちし音にも耳傾け、林を隔てて遠く響く轍の音、風ありとも覚えぬに私語く枯れ葉の音にも耳を澄ましぬ。山鳩一羽いずこよりともなく突然程近き梢に止まりしが急にまた飛び去りぬ。かれが耳いよいよさえて四辺いよいよ静寂なり。かれは自己が・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・大きいのや小さいのや、長い小枝を杖のようにさげたのや、枯れ葉を一枚肩にはおったのや、いろいろさまざまの格好をしたのが、明るい空に対して黒く浮き出して見えた。それがその日その日の風に吹かれてゆらいでいた。 かよわい糸でつるされているように・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・するとある年の秋、水のようにつめたいすきとおる風が、柏の枯れ葉をさらさら鳴らし、岩手山の銀の冠には、雲の影がくっきり黒くうつっている日でした。 四人の、けらを着た百姓たちが、山刀や三本鍬や唐鍬や、すべて山と野原の武器を堅くからだにしばり・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・風が来ましたのでその去年の枯れ葉はザラザラ鳴りました。 若い木霊はそっちへ行って高く叫びました。「おおい。まだねてるのかい。もう春だぞ、出て来いよ。おい。ねぼうだなあ、おおい。」 風がやみましたので柏の木はすっかり静まってカサッ・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・ 小さいつつじの蔭をぬけたり、つわぶきの枯れ葉にじゃれついたり、活溌な男の子のように、白い体をくるくる敏捷にころがして春先の庭を駆け廻る。 私は、久しぶりで、三つ四つの幼児を見るように楽しい、暖い、微笑ましい心持になって来た。子供の・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・風知草はいつの間にか、枯れ葉を見せはじめた。ひろ子は、けわしい眼づかいでそれを見ていた。が、水はもうやらなかった。 あの夏、たとえば、どんなに一人暮しの食事をして暮していたのか、今になってひろ子には思い出せもしなかった。思い出すのは、却・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・そういうところでなるべく小さい灌木の根元を注意すると、枯れ葉の下から黄茸や白茸を見いだすこともできる。その黄色や白色は非常に鮮やかで輝いて見える。さらにまれには、しめじ茸の一群を探しあてることもある。その鈍色はいかにも高貴な色調を帯びて、子・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫