・・・ その町には、昔からの染物屋があり、また呉服屋や、金物屋などがありました。日は、西に入りかかっていました。少年は、あちらの空のうす黄色く、ほんのりと色づいたのが悲しかったのです。 雨になるせいか、つばめが、町の屋根を低く飛んでいまし・・・ 小川未明 「海のかなた」
「誠さんおいでよ、ねこの子がいるから。」と、二郎さんが、染め物屋の原っぱで叫びました。 誠さんにつづいて、二、三人の子供らが走ってゆきますと、紙箱の中に二ひきのねこの子がはいっていました。「だれか、捨てたんだね。」「橋の上に・・・ 小川未明 「僕たちは愛するけれど」
・・・秋草さんのようなお店でも御覧なさいな、玉川の方の染物の工場だけは焼けずにあって、そっちの方へ移って行って、今では三越あたりへ品物を入れてると言いますよ――あの立派な呉服屋がですよ」 こう新七は言って、小竹の旦那として母と一緒に暮した時代・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ただ少数な江戸っ子の敗残者がわざわざ竹仙の染め物や伊勢由のはき物を求めることにはかない誇りを感ずるだけであろう。しかしデパートの品物に「こく」のある品のまれであることも事実である。 明治三十二年の夏、高等学校を卒業して大学にはいったので・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・それで注意して見ると、近ごろ特に欧州大戦が始まって後に、三越などで見かける染物の色彩が妙に変わって来たような気がする。ある人は近ごろはこんな色が流行すると言った。しかしある人はまた戦争のために染料が欠乏したからよんどころなくあんな物ばかり製・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ きのう用事があって高島屋の店の前を歩いていたら、横の方の飾窓に古い女帯や反物の再生法の見本が陳列されていた。染物講習会が開催されているのであった。時節柄だなアという感想を沁々と面に浮べていろんなひとたちが見て通った。すると、その横の入・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・ さて、それなりそのことは忘れて、次の日例の如く三人つれ立っての帰途、五年の受持の先生は染物の用事で一年の先生のうちへよらなければならなくなった。「じきなんでしょう? じゃ私も行くわ」 唱歌の先生も仲間になって三人で戻って来た一・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
お茶をいれている私のそばである友達が栗の皮をむきながら、「あなた、染物屋の横にあるお風呂へよく行くの」ときいた。「行かないわ」「ほんと? じゃどうしたんだろう、始終あすこで見かけるって云っていた人があってよ・・・ 宮本百合子 「似たひと」
・・・彼が働いている仕事場は偶然、ニージニの職人組合の長老、染物工場主カシーリンの隣りである。 或る夏のことであった。カシーリンの妻アクリーナが娘のワルワーラと一緒に庭で何心なく夷苺をとっていると、隣家との境の塀をやすやすのり踰えて一人の逞し・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ニージュニの職人組合の長老をやり、染物工場をもったりしていた祖父は、自分の娘が一文なしの渡り者の指物師などと一緒になることを辛棒できなかったのである。 五つの時父はコレラで死に、幼いゴーリキイは母と一緒にニージュニへかえって祖父の家で暮・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
出典:青空文庫