・・・自己の所信を客観化して公衆にしか認めしむべき根拠を有せざる時においてすら、彼らは自由に天下を欺くの権利をあらかじめ占有するからである。 弊害はこればかりではない。既に文芸委員が政府の威力を背景に置いて、個人的ならざるべからざる文芸上の批・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・まず大体の上においてこの命題は確然たる根拠のあるものと御考えになっても差支早い話しが無臭無形の神の事でもかこうとすると何か感覚的なものを借りて来ないと文章にも絵にもなりません。だから旧約全書の神様や希臘の神様はみんな声とか形とかあるいはその・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・実在の根拠が、かかる超越我の自覚に求められた。かかる意味において、私はカント哲学の方法をも否定的自覚と考えるのである。批評哲学は、科学に対する否定自覚であったと考えるのである。しかしカント哲学は果して真に否定的自覚に徹したであろうか。カント・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・父母たる者の義務として遁れられぬ役目なれども、独り女子に限りて其教訓を重んずるとは抑も立論の根拠を誤りたるものと言う可し。世間或は説あり、父母の教訓は子供の為めに良薬の如し、苟も其教の趣意にして美なれば、女子の方に重くして男子の方を次ぎにす・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 中津の旧藩にて、上下の士族が互に婚姻の好を通ぜざりしは、藩士社会の一大欠典にして、その弊害はほとんど人心の底に根拠して動かすべからざるもののごとし。今日に至ては稀に上下相婚する者もなきに非ざれども、今後ますますこの路を開くべきの勢を見・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・更に、「ルポルタージュなるものは『物が人をうごかす』という唯物論的文学観によるのであり、今日この形式の文学が文壇の関心事となったこともそこに根拠があるのである」と、結ばれているが、既に現代の文学観は、「物が人を動かす」面にだけ立脚したプレハ・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・なぜならば、機会ある毎にアジア民族の解放を妨げることしかしてこなかった日本の帝国主義は、こんにちでも決してその根拠と、協力する勢力を失っておらず、現在ではますます日本の民主化とポツダム宣言による平和の確保がおびやかされてきているからです。こ・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・しかし九郎右衛門がそれを止めて、四国へ渡ったかも知れぬと云うのは、根拠のない推量である、四国へもいずれ往くとして、先ず手近な土地から捜すが好いと云った。 一行は松坂を立って、武運を祈るために参宮した。それから関を経て、東海道を摂津国大阪・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・これらの選択や利用が、すべて画家のある想念に――主としていわゆる詩的な美しい場面を根拠とするある幻想に――支配せられていることは、何人も否み得ないであろう。日本画のこのような特質に注意を集めて、それを「浪漫的」と呼んでも、必ずしも不都合はな・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・景憲が弾正に仮託してこの書を書いたことには何かそういう根拠があるであろう。武田氏は景憲十一歳の時に亡んだのであるが、景憲の父の世代に属する武田の遺臣のうちには家康の旗下についたものが多く、景憲はそれらの人たちからいろいろなことを聞いたであろ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫