・・・また一つの窓からは、うすい桃色の光線がもれて、路に落ちて敷石の上を彩っていました。よい音色は、この家の中から聞こえてきたのであります。 さよ子は、家の中がにぎやかで、春のような気持ちがしましたから、どんなようすであろうと思って、その窓の・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・そして紅桃色をしたイトメという虫を五匹や六匹ではなく沢山に鉤に装うところを看詰めていた。その顔はただ注意したというほかに何の表情があるのではなかった。しかし思いのほかに目鼻立の整った、そして怜悧だか気象が好いか何かは分らないが、ただ阿呆げて・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・雅致のある支那風な桃色の用箋にそれが認めてある。そんな親切なやりかたがこの池の茶屋へ客の足を向けさせるらしい。お三輪はそこにも広瀬さんや新七の心の働いていることを思った。「浦和へはあの従妹に送って貰いましょう。お前さんもいそがしそうだか・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ 肉づきのいい、頬の桃色の、輪郭の丸い、それはかわいい娘だ。はでな縞物に、海老茶の袴をはいて、右手に女持ちの細い蝙蝠傘、左の手に、紫の風呂敷包みを抱えているが、今日はリボンがいつものと違って白いと男はすぐ思った。 この娘は自分を忘れ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・首だけまっ白に塗ってあごから上の顔面は黄色ないしは桃色にして、そうして両方のたぼを上向きにひっくらかえしているのが田舎少年の目には不思議に思われた。それから、五丁目あたりの東側の水菓子屋で食わせるアイスクリームが当時の自分には異常に珍しくま・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ シモツケの繖形花も肉眼で見たところでは、あの一つ一つの花冠はさっぱりつまらないものであるが、二十倍にして見るとこれも驚くべき立派な花である。桃色珊瑚ででも彫刻したようで、しかもそれよりももっと潤沢と生気のある多肉性の花弁、その中に王冠・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・御堀端にかかった時に、桃色の曙光に染められた千代田城の櫓の白壁を見てもそんな気がした。 日比谷で下りて公園の入り口を見やった時に、これはいけないと思った。ねくたれた寝衣を着流したような人の行列がぞろぞろあの狭い入口を流れ込んでいた。草花・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・緑がかったスコッチのジャケツを着て、ちぢれた金髪を無雑作に桃色リボンに束ねている。丸く肥った色白な顔は決して美しいと思われなかった。少しそばかすのある頬のあたりにはまだらに白粉の跡も見えた。それで精一杯の愛嬌を浮かべて媚びるようなしなを作り・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ つれの、桃色の腰巻をたらして、裾ばしょりしている小娘の方が、ときどきふりかえって三吉の方をにらむ。くろい、あごのしゃくれた小さい顔は、あらわに敵意をみせていた。女は一度もふりむかないけれど、うしろを意識している気ぶりは、うしろ姿のどこ・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫