・・・ 恐しい鼻呼吸じゃあないか、荷車に積んだ植木鉢の中に突込むようにして桔梗を嗅ぐのよ。 風流気はないが秋草が可哀そうで見ていられない。私は見返もしないで、さっさとこっちへ通抜けて来たんだが、何だあれは。」といいながらも判事は眉根を寄せ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・先生……金魚か、植木鉢の草になって、おとなしくしていれば、実家でも、親類でも、身一つは引取ってくれましょう。私は意地です、それは厭です。……この上は死ぬほかには、行き処のない身体を、その行きどころを見着けました。このおじさんと一所に行きます・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「この植木鉢も、持っていってくださいませんか。」と、おかみさんらしい人がいいました。 それは、粗末だけれど、大きな鉢に植えてある南天であります。もう、幾日も水をやらなかったとみえて、根もとの土は白く乾いていました。紅みがかった、光沢・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・ひらいた窓格子から貧しい内部が覗けるような薄汚い家が並び、小屋根には小さな植木鉢の台がつくってあったりして、なにか安心のできる風情が感じられた。魚の焼く匂いが薄暗い台所から漂うて来たり、突然水道の音が聴えたりした。佐伯は思い掛けない郷愁をそ・・・ 織田作之助 「道」
・・・花屋の前には梅と福寿草をあしらった植木鉢が並んでいた。そんな風俗画は、町がどこをどう帰っていいかわからなくなりはじめるにつれて、だんだん美しくなった。自分のまだ一度も踏まなかった路――そこでは米を磨いでいる女も喧嘩をしている子供も彼を立ち停・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・そこには私の意匠した縁台が、縁側と同じ高さに、三尺ばかりも庭のほうへ造り足してあって、蘭、山査子などの植木鉢を片すみのほうに置けるだけのゆとりはある。石垣に近い縁側の突き当たりは、壁によせて末子の小さい風琴も置いてあるところで、その上には時・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・食堂の片隅には植木鉢も置いてあって、青々とした蘭の葉が室内の空気に息づいているように見える。どことなく支那趣味の取り入れてあるところは、お三輪に取って、焼けない前の小竹の店を想い起させるようなものばかりであった。 その日は、お三・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・更に念いりな奴は、はいるなりすぐ、店のカウンタアの上に飾られてある植木鉢をいじくりはじめる。「いけないねえ、少し水をやったほうがいい。」とおやじに聞えよがしに呟いて、自分で手洗いの水を両手で掬って来て、シャッシャと鉢にかける。身振りばかり大・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・ 椅子に腰をおろすと、裾から煽風機が涼しい風を送ってよこして、私はほっと救われた。植木鉢や、金魚鉢が、要所要所に置かれて、小ざっぱりした散髪屋である。暑いときには、散髪に限ると思った。「うんと、うしろを短く刈り上げて下さい。」口の重・・・ 太宰治 「美少女」
・・・まず映画に現われたのは一つの小さな植木鉢であった。そのまん中の土が妙に動くと思っていると、すうと二葉が出て来た。それが見るまに大きくなり、その中心から新しい芽が泉のわくようにわき上がり延び上がった。延びるにしたがって茎の周囲に簇生した葉は上・・・ 寺田寅彦 「春六題」
出典:青空文庫