・・・それに植木屋夫婦が暮している。亭主が二十七八で、女房はお徳と同年輩位、そしてこの隣交際の女性二人は互に負けず劣らず喋舌り合っていた。 初め植木屋夫婦が引越して来た時、井戸がないので何卒か水を汲ましてくれと大庭家に依頼みに来た。大庭の家で・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・日頃懇意な植木屋が呉れた根も浅い鉢植の七草は、これもとっくに死んで行った仲間だ。この旱天を凌いで、とにもかくにも生きつづけて来た一二の秋草の姿がわたしの眼にある。多くの山家育ちの人達と同じように、わたしも草木なしにはいられない方だから、これ・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・ ある日も私は次郎と連れだって、麻布笄町から高樹町あたりをさんざんさがし回ったあげく、住み心地のよさそうな借家も見当たらずじまいに、むなしく植木坂のほうへ帰って行った。いつでもあの坂の上に近いところへ出ると、そこに自分らの家路が見え・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・可成広い、植木の多い庭が前栽つづきに座敷の周囲を取繞いている。古い小さな庭井戸に近く、毎年のように花をつける桜の若木もある。他の植木に比べると、その細い幹はズンズン高くなった。最早紅くふくらんだ蕾を垂れていたが、払暁の温かい雨で咲出したのも・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・私の事も子供の事も、ちっとも心配していない様子で、ただ、お庭の植木の事ばっかり言って寄こします。」上の姉さんと一緒に、笑った。「あれは、庭木が好きだから。」小坂氏は苦笑して、「どうぞ、ビイルを、しっかり。」 私はただ、ビイルをしっか・・・ 太宰治 「佳日」
・・・南天燭を植木屋に言いつけて彼の玄関の傍に植えさせてやったのは、そのころのことであった。 八月には、僕は房総のほうの海岸で凡そ二月をすごした。九月のおわりまでいたのである。帰ってすぐその日のひるすぎ、僕は土産の鰈の干物を少しばかり持って青・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・あなたは、私があれほどお願いしても、植木屋を呼んだらいいとか、おっしゃって、ご自分で作っては、くださいません。植木屋を呼ぶなんて、そんなお金持の真似は、私は、いやです。あなたに、作っていただきたいのに、あなたは、よし、よし、来年は、等とおっ・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ と、田舎の角の植木屋の主婦が口の中で言った。 その植木屋も新建ちの一軒家で、売り物のひょろ松やら樫やら黄楊やら八ツ手やらがその周囲にだらしなく植え付けられてあるが、その向こうには千駄谷の街道を持っている新開の屋敷町が参差として連な・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・二間あるかなしの庭に、植木といったら柘榴か何かの見すぼらしいのが一株塀の陰にあるばかりで、草花の鉢一つさえない。今頃なら霜解けを踏み荒した土に紙屑や布片などが浅猿しく散らばりへばりついている。晴れた日には庭一面におしめやシャツのような物を干・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・母などは病人の頭髪のようで気持ちが悪いと言ったりした。植木屋へはがきを出して刈らせようと言っているうちに事に紛れて数日過ぎた。 そのうちに私はふと近くの町の鍛冶屋の店につるしてあった芝刈り鋏を思い出した。例年とちがってことしは暇である。・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
出典:青空文庫