・・・紅雨は生涯忘れない美的感激の極度を経験したと信ずる巴里の有名なる建築物に対した時の心持に思い較べて、芝の霊廟はそれに優るとも決して劣らぬ感激を与えてくれた事を感謝した。そればかりでなく、彼はまた曲線的なるゴチック式の建築が能くかの民族の・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・この抽象法を用いないで、しかも極度の分化作用による微細なる心の働きを写して人に示すのはおもに文学者がやっている。だから文学者の仕事もこの分化発展につれてだんだんと、朦朧たるものを明暸に意識し、意識したるものを仔細に区別して行きます。例えば昔・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・あるいは今の政府の財政困難にして、帝室費をも増すにいとまあらずといわんか。極度の場合においては、国庫の出納を毫も増減せずして、実際の事は挙行すべし。 その法、他なし、文部省、工部省の学校を分離して御有となすときは、本省においては、従来学・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 教育の目的は、人生を発達して極度に導くにあり。そのこれを導くは何のためにするやと尋ぬれば、人類をして至大の幸福を得せしめんがためなり。その至大の幸福とは何ぞや。ここに文字の義を細かに論ぜずして民間普通の語を用うれば、天下泰平・・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・しかもなお蕪村の客観的なるには及ばず。極度の客観的美は絵画と同じ。蕪村の句は直ちにもって絵画となし得べきもの少からず。芭蕉集中全く客観的なるものを挙ぐれば四、五十句に過ぎざるべく、中につきて絵画となし得べきものを択みなば鶯や柳のうし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・この位まで肥ったらまあ極度だろう。この辺だ。あんまり肥育をやり過ぎて、一度病気にかかってもまたあとまわりになるだけだ。丁度あしたがいいだろう。今日はもう飼をやらんでくれ。それから小使と二人してからだをすっかり洗って呉れ。敷藁も新らしくしてね・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・太平洋戦争に突入する準備を強行していた日本絶対主義の軍事力は、極度に言論圧迫を行って、科学でも、文学でも、子供の歌まで侵略万能に統一した。情報局の陸海軍人が出版物統制にあたって、自分たちの書いたものを出版させて印税をむさぼりながらすべての平・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ 魯迅は十三の年、可愛がってくれていた祖父が獄舎につながれるようなことになってから極度に落魄して、弟作人と一緒に母方の伯父の家にあずけられた。魯迅は「そこの家の虐遇に堪えかねて間もなく作人をそこに残して自分だけ杭州の生家へ帰った」そして・・・ 宮本百合子 「兄と弟」
・・・不断に涙をもって接吻しつづけても愛したりない自分の子供なのです。極度に敬虔なるべき者に対して私は極度に軽率にふるまいました。羞ずかしいどころではありません。 私はこの事によって自分のもっと重大ないろいろな欠点を示唆されたように思いました・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・たとえばあの大部なアンナ・カレニナのどのページを取ってみても、私は極度に緊縮と充実とを感じるのである。 ドストイェフスキイを冗漫だとする批評はかなり古くからあるが、私は冗漫を感じない。内容がはち切っているから。――もっとも技巧から言えば・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫