・・・勿論誰も手を触れず、いつ研いだ事もないのに、切味の鋭さは、月の影に翔込む梟、小春日になく山鳩は構いない。いたずらものの野鼠は真二つになって落ち、ぬたくる蛇は寸断になって蠢くほどで、虫、獣も、今は恐れて、床、天井を損わない。 人間なりとて・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「いや、損をしても構いません。妙齢の娘か、年増の別嬪だと、かえってこっちから願いたいよ。」「……運転手さん、こちらはね、片原へ恋人に逢いにいらっしゃったんだそうですから。」 しっぺい返しに、女中にトンと背中を一つ、くらわされて、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎は蒼くなりて、「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」 と誠心籠めたる強き声音も、いかでか叔母の耳に・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・――遠くの方で、ドーンドーンと、御輿の太鼓の音が聞えては、誰もこちとらに構い手はねえよ。庵を上げた見世物の、じゃ、じゃん、じゃんも、音を潜めただからね――橋をこっちへ、はい、あばよと、……ははは、――晩景から、また一稼ぎ、みっちりと稼げるだ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・お蔦 ええ、そりゃ、世間も暗闇でも構いませんわ。どうせ日蔭の身体ですもの。……早瀬 お蔦。お蔦 あい。早瀬 済まないな、今更ながら。お蔦 水臭い、貴方は。……初手から覚悟じゃありませんか、ねえ。内証だって夫婦ですもの。私・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ それには差構いなく覗いた女が、芸者の姿に、密と、直ぐに障子を閉めた。 向直った顔が、斜めに白い、その豌豆の花に面した時、眉を開いて、熟と視た。が、瞳を返して、右手に高い肱掛窓の、障子の閉ったままなのを屹と見遣った。 咄嗟の間の・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・また誰も見ていねえで、構いごとねえだ、と吐いての。 和尚様は今日は留守なり、お納所、小僧も、総斎に出さしった。まず大事ねえでの。はい、ぐるぐるまきのがんじがらみ、や、このしょで、転がし出した。それさ、その形でがすよ。わしさ屈腰で、膝はだ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・だしぬけの、奇妙な申し出だった故、二人は、いえ、構いません、どうぞおあけになって下さいと言ったものの、変な顔をした。もう病気のことを隠すわけにはいかなかった。「……実は病気をしておりますので。空気の流通をよくしなければいけないんです」・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・はッ、帰っても構いませんか。帰ってよろしい。検査場を出ると、私は半日振りの煙草を吸いながら、案外物分りのいい徴兵官だなと思った。 その後私は何人かの軍人に会うたが、この徴兵官のような物分りのいい軍人には一人も出会わなかった。むしろ私の会・・・ 織田作之助 「髪」
・・・「べつに構いませんわ」 白崎が狼狽しているので、彼女はふっと微笑した。すると、白崎はますます狼狽して、「困ったなア。いや、けっしていやな奴では……。いや、全くいい道連れでしたよ。しかし、思えば不思議ですね。元来、僕は音痴で、小学・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫