・・・俺たちはこの棺の中に死んで横たわるドモ又の霊にかけて誓いを立てよう。俺たちはこの友人の死に値いするだけのりっぱな芸術を生み出すことを誓う。一同 誓う。花田 俺たちは力を協せて、九頭竜という悪ブローカーおよび堂脇という似而非美術保・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・前途に横たわる夢や理想の実現のために、寝床を這い出して行く代りに、寝床の中で煙草をくゆらしながら、不景気な顔をして、無味乾燥な、発展性のない自分の人生について、とりとめのない考えに耽っているのである。 そして、それが私にとって楽しいわけ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ つぎに人格主義か、幸福主義かの問題が横たわる。 物象的価値の感情と自我価値感情とは対立する。人間には自敬の感情がある。この敬の意識は物の価値、福利とは全く次元を異にする。倫理はこの人格価値感情を究竟の目的とすべきである。物の価値は・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・寝床に横たわると、十年くらいの年月が、急に飛び去ってしまえばいゝ、というようなことを希った。何もかも忘れてしまいたかった。反物を盗んで来た妻のことが気にかゝって仕方がなかった。これまで完全だった妻に、疵がついたようで、それが心にわだかまって・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・それだのに両人は隣室にいる大佐に気がねして、長く横たわることもよくせずにちぢこまっていた。「お前、腹がへりゃせんかよ?」「へらいじゃ、たった焼饅頭四ツ食うただけじゃないかい!」 暫らく両人は黙っていた。隣室の話声に耳を傾けた。・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・要するに新旧いずれに就くも、実行的人生の理想の神聖とか崇高とかいう感じは消え去って、一面灰色の天地が果てしもなく眼前に横たわる。讃仰、憧憬の対当物がなくなって、幻の華の消えた心地である。私の本心の一側は、たしかにこの事実に対して不満足を唱え・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 重い手かごを門の外に置いて、子どもを抱き上げて、自分と海岸との間に横たわる広野をさしておかあさんは歩きだしました。その野は花の海で、花粉のためにさまざまな色にそまったおかあさんの白い裳のまわりで、花どもが細々とささやきかわしていました・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 飛行船が北氷洋上で氷原をとった写真を現像したら思いもかけぬ飛行機の氷の上に横たわる姿が現われたので、これはきっと先年行くえ不明になった有名な老探検家の最後を物語るものだろうという事になったが、よくよく調べてみると、これは写真技師がうっ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・人生行路に横たわる幾多の陥穽に対する警戒の芽生えを植付けてくれたような気がする。他人の軽微な苦痛を己が享楽の小杯に盛ろうとする不思議な心理がいかなる善良な人々の心の奧にも潜在することを教えてくれたようである。それから、冒険というものに対する・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
一年に二度ずつ自分の関係している某研究所の研究成績発表講演会といったようなものが開かれる。これが近年の自分の単調な生活の途上に横たわるちょっとした小山の峠のようなものになっている。学生時代には学期試験とか学年試験とかいうも・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫