・・・如何に正義、人道を表面に出して、自己の行為を弁護しようとも、それは、泥棒自身の利益のために、人を欺くものである。而も、現在、この縄張りの広狭争いのような喧嘩が起ろうとしているのである。これが将に起ろうとする××主義戦争である。 近代資本・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること、他の社会よりも容易にして正義の人物をして痴漢と同様ならしむるの害や、亦他の社会に比して更に大也、何となれば陸軍部内は××の世界なれば也。威権の世界なれば也、階級の世界なれば也。服従の世界なれ・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・そして、それらの人々が帰って行ったあとで、年も若く見たところも丈夫そうな若者が、私ごとき病弱な、しかも年とったもののところへ救いを求めに来るような、その社会の矛盾に苦しんだ。正義が顕れて、大きな盗賊やみじめな物乞いが出た。 私たちの家の・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・、席を蹴って憤然と立ちあがりましたが、そのとき、卓上から床にころげ落ちて在った一箇の蜜柑をぐしゃと踏みつぶして、おどろきの余り、ひッという貧乏くさい悲鳴を挙げたので、満座抱腹絶倒して、博士のせっかくの正義の怒りも、悲しい結果になりました。け・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・この芸術家は、神の審判よりも、人の審判を恐れているたちの男でありますから、女房につづいて村役場に飛び込み、自分の心の一切を告白する勇気など持ち合せが無かったのであります。正義よりも、名声を愛して居ります。致しかたの無い事かも知れません。敢え・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・たとえば、ヒュウマニティだとか、愛だとか、社会正義だとか、美だとか、そんなもの、文壇に出てから、現在まで、またこれからも持ちつづけて行くだろうと思われるもの、何か一つでもありますか。」「あります。悔恨です。」こんどは、打てば響くの快調を・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に立った。それで人々は「馬鹿正直」という渾名を彼に与えた。この「馬鹿正直」を徹底させたものが今日の彼の仕事になろうとは、誰も夢にも考えなかった事であろう。 音楽に対する嗜好は早くから眼覚めてい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・と「正義」とを混同することも免れない。そうして、その結果、色々面倒な葛藤の起ることも止むを得ないであろう。しかし、ともかくも、一度も科学者流にこういう風の考え方をしたことのない人もあるとしたら、そういう人にとっては、上記のような半面的な見方・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・愚弄に報ゆるに愚弄をもってし、当てこすりに答えるに当てこすりをもってする事のできる場合には用はないが、無言な正義が饒舌な機知に富んだ不正に愚弄される場合の審判者としてこの二つの品が必要である。」これには自分はだいぶ異論があったように記憶する・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・君の為め国の為めなる美しき名を藉りて、毫釐の争に千里の恨を報ぜんとする心からである。正義と云い人道と云うは朝嵐に翻がえす旗にのみ染め出すべき文字で、繰り出す槍の穂先には瞋恚のほむらが焼け付いている。狼は如何にして鴉と戦うべき口実を得たか知ら・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫