・・・群集から少し離れた前面を二列に並んだ鳥の縦隊が歩調をそろえて進行するところがある。鳥はどういう気でなんのためにああいう事をやっているのか人間にはやはりわからない。 この映画を見た晩に宅へ帰って夕刊を見ると早慶三回戦だかのグラウンドの写真・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ついでながら、歩幅と同時に歩調を勘定に入れなければ何時間で追いつくかという勘定はできないはずであるが、あの映画に出るあの役者にその勘定ができるかしらと思うとちょっとおかしくなる。 四 映画批評について このごろ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・拡声機によって安全なる避難路が指示され、群集は落ち着き払ってその号令に耳をすまして静かに行動を起こし、そうして階段通路をその幅員尺度に応じて二列三列あるいは五列等の隊伍を乱すことなく、また一定度以上の歩調を越すことなく、軍隊的に進行すればみ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・しかしそれよりも、もっと直接に自覚的な筋肉感覚に訴える週期的時間間隔はと言えば、歩行の歩調や、あるいは鎚でものをたたく週期などのように人間肢体の自己振動週期と連関したものである。舞踊のステップの週期も同様であって、これはまた音楽の律動週期と・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・そうして、この鉄片の軽く地面をたたくコツコツという音が、次第にそれほど不愉快でなく、それどころか、おしまいにはかえって一種の適度な爽快な刺激として、からだを引きしめ、歩調を整えさせる拍節の音のようにも感ぜられるようになって来た。 思うに・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・この数は二、三、四、五、六のどれでも割り切れるから、一年おきの行事でも、三年に一度の万国会議でも、四年に一度のオリンピアードでも、五年六年に一度の祭礼でも六十年たてばみんな最初の歩調をとり返すのである。その六十年はまたほぼ人間の一週期になる・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・戦後文学また娯楽雑誌が挿絵といえば女の裸体でなければならないように一様に歩調を揃えているのも、後の世になったらむしろ滑稽に思われるであろう。 舞台で女の裸体を見せるようになった事をわたくしが初めて人から聞伝えたのは、一昨年の秋頃、利根川・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・もっとも当人がすでに人間であって相応に物質的嗜欲のあるのは無論だから多少世間と折合って歩調を改める事がないでもないが、まあ大体から云うと自我中心で、極く卑近の意味の道徳から云えばこれほどわがままのものはない、これほど道楽なものはないくらいで・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・惜しいと云うのは、すでに長所を認めた上の批評であり、かつ短所をも知り抜いた上の判断で、一本調子に搦手ばかり、五年も六年も突ついている陣笠連とは歩調を一にしたくないからこう云うのであります。 そこでいよいよ現代文芸の理想に移って、少々気焔・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・人と歩調を合わして行きたいという誘惑を感じても、如何せんどうも私にはその誘惑に従う訳に行かぬ。丁度跛を兵式体操に引き出したようなもので、如何せんどうも歩調が揃わぬ。それは、諸君と行動を共にしたいけれども、どうもそう行かないので仕方がない。こ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫