・・・幸徳らの死に関しては、我々五千万人斉しくその責を負わねばならぬ。しかしもっとも責むべきは当局者である。総じて幸徳らに対する政府の遣口は、最初から蛇の蛙を狙う様で、随分陰険冷酷を極めたものである。網を張っておいて、鳥を追立て、引かかるが最期網・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 生きていたくもなければ、死にたくもない。この思いが毎日毎夜、わたくしの心の中に出没している雲の影である。わたくしの心は暗くもならず明くもならず、唯しんみりと黄昏れて行く雪の日の空に似ている。 日は必ず沈み、日は必ず尽きる。死はやが・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・ニロは千八百六十年二月一日に死にました。墓標も当時は存しておりましたが惜しいかなその後取払われました」と中々精しい。 カーライルが麦藁帽を阿弥陀に被って寝巻姿のまま啣え煙管で逍遥したのはこの庭園である。夏の最中には蔭深き敷石の上にささや・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 余も我子を亡くした時に深き悲哀の念に堪えなかった、特にこの悲が年と共に消えゆくかと思えば、いかにもあさましく、せめて後の思出にもと、死にし子の面影を書き残した、しかして直にこれを東圃君に送って一言を求めた。当時真に余の心を知ってくれる・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・――「その代りなあ、淋しい死に方はしやしないからな」 私は、ほつれた行李の柳を引き千切って、運河へ放り込みながら、そう云った。「おい! そんな自棄を云うもんじゃないよ。それよりも、おとなしく『合意雇止め』にしてやるから、ボーレン・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・その士人の中には殺伐無状、人を殺し家を焼き、およそ社会の平安を害すべき事なれば一も避くるところなく、ついに身を容るるの地なきにいたれば、快と称して死につきし者もあり。幸にして死にいたらざりし者が、今の地位にいて事をとるのみ。すなわち昔日は乱・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・世の中は不患議なもので、わたしもそのまま死にもせず、あれから幾十の寂しさ厭苦さを閲した上でわたしは漸々死にました。そしてその時わたしは何卒貴方のお死なさる時、今一度お側へ来たいと心に祈って死にました。それは貴方に怖い思をさせたり、貴方を窘め・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 死後の自己に於ける客観的の観察はそれからそれといろいろ考えて見ても、どうもこれなら具合のいいという死にようもないので、なろう事なら星にでもなって見たいと思うようになる。 去年の夏も過ぎて秋も半を越した頃であったが或日非常な心細い感・・・ 正岡子規 「死後」
・・・こごえたらいっしょに死にましょうよ。」 東の空が白くもえ、ユラリユラリとゆれはじめました。おっかさんの木はまるで死んだようになってじっと立っています。 とつぜん光のたばが黄金の矢のように一度にとんできました。子どもらはまるでとびあが・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・で手負いの侍女が、死にかかりながら、主君の最期を告げに来るのに、傍にいる朋輩が、体を支えてやろうともしないで、行儀よく手を重ねて見ているのも気がついた。何も、わざとらしい動作をするには及ばない。只、そういう非常な場合、人間なら当然人間同士感・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫