・・・の腕までの手袋を嵌めた手に、細い銀煙管を持ちながら、店が違いやす、と澄まして講談本を、ト円心に翳していて、行交う人の風采を、時々、水牛縁の眼鏡の上からじろりと視めるのが、意味ありそうで、この連中には小母御に見えて―― 湯帰りに蕎麦で極め・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・手を振ってひりりとする朝湯に起きるからすぐの味を占め紳士と言わるる父の名もあるべき者が三筋に宝結びの荒き竪縞の温袍を纏い幅員わずか二万四千七百九十四方里の孤島に生れて論が合わぬの議が合わぬのと江戸の伯母御を京で尋ねたでもあるまいものが、あわ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・法 否、わしは母御の頭から生れたものと見え申して礼事を申さるる事と賞めらるる事は虫ずが走るほど厭でござるでの。 あまり調子にのって礼事を云われればやがてはいま一度心にもなくて礼申した人のためにせいではならぬ事が必ず生れるものでのう・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・歎きに枝を添うるがいたわしさに包もうとは力めたれど……何を匿そう、姫御前は帷子を着けなされたまま、手に薙刀を持ちなされたまま……母御前かならず強く歎きなされな……獣に追われて殺されつろう、脛のあたりを噛み切られて北の山間に斃れておじゃッた」・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫