・・・ それは気前が好いな。」 騎兵は身軽に馬を下りた。そうして支那人の後にまわると、腰の日本刀を抜き放した。その時また村の方から、勇しい馬蹄の響と共に、三人の将校が近づいて来た。騎兵はそれに頓着せず、まっ向に刀を振り上げた。が、まだその刀を・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ ――覚えていますが、その時、ちゃら金が、ご新姐に、手づくりのお惣菜、麁末なもの、と重詰の豆府滓、……卯の花を煎ったのに、繊の生姜で小気転を利かせ、酢にしたしこいわしで気前を見せたのを一重。――きらずだ、繋ぐ、見得がいいぞ、吉左右! と・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ お駄賃に、懐紙に包んだのを白銅製のものかと思うと、銀の小粒で……宿の勘定前だから、怪しからず気前が好い。 女の子は、半分気味の悪そうに狐に魅まれでもしたように掌に受けると――二人を、山裾のこの坂口まで、導いて、上へ指さしをした――・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・おとよさんは年に合わして、気前のすぐれたやり手な女で、腹のこたえた人だから、自然だいそれたまねをやりかねまじき女ともいえる。 こう考えて見るとただおとよさんが目的を達したばかりで、今日の稲刈りには何の統一もなかった。稲刈りは稲さえ思うだ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・しかし、玉子はけちくさい女で、買いぐいの銭などくれなかったから、私はふと気前のよかった浜子のことを想いだして、新次と二人でそのことを語っていると、浜子がまるで生みの母親みたいに想われて、シクシク泣けてきたとは、今から考えると、ちょっと不思議・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・五十銭の金にもちくちく胸の痛む気がしたが、柳吉にだけは、小遣いをせびられると気前よく渡した。柳吉は毎日がいかにも面白くないようで、殊にこっそり梅田新道へ出掛けたらしい日は帰ってからのふさぎ方が目立ったので、蝶子は何かと気を使った。父の勘気が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・たのであったが、亡父が中学校や女学校の校長として、あちこち転任になり、家族も共について歩いて、亡父が仙台の某中学校の校長になって三年目に病歿したので、津島は老母の里心を察し、亡父の遺産のほとんど全部を気前よく投じて、現在のこの武蔵野の一角に・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・「ケチねえ、一ハラ気前よく買いなさい。鰹節を半分に切って買うみたい。ケチねえ。」「よし、一ハラ買う。」 さすが、ニヤケ男の田島も、ここに到って、しんから怒り、「そら、一枚、二枚、三枚、四枚。これでいいだろう。手をひっこめろ。・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・だからあたしたちは、お金のありったけを気前よくぱっぱっと使って見せなければならなくなるのよ。そうするとあなたたちはまた、東京で暮して来た奴等は、むだ使いしてだらしがないと言うし、それかと言って、あなたたちと同様にケチな暮し方をするともう、本・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・なかなか隅っこにおけんのや。何しろ胡蝶さんが、あの人に附文をしたんですさかえ」「胡蝶は僕も一番芸者らしい女だと思う」「神田で生れたんですもの。なかなか気前のいい妓や。延若を喰わえだして、温泉宿から電報で家へお金を言ってこようという人・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫