・・・ 流石は外国人だ、見るのも気持のいいようなスッキリした服を着て、沢山歩いたり、どうしても、どんなに私が自惚れて見ても、勇気を振い起して見ても、寄りつける訳のものじゃない処の日本の娘さんたちの、見事な――一口に云えば、ショウウインドウの内・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ぼくはけれども気持ちがさっぱりした。五月十三日 今日学校から帰って田に行ってみたら母だけ一人居て何だか嬉しそうにして田の畦を切っていた。 何かあったのかと思ってきいたら、今にお父さんから聞けといった。ぼくはきっと修学旅行のこ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・長十郎は実際ちょっと寝ようと思ったのだが、覚えず気持よく寝過し、午になったと聞いたので、食事をしようと言ったのである。これから形ばかりではあるが、一家四人のものがふだんのように膳に向かって、午の食事をした。 長十郎は心静かに支度をして、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それから一頭曳の馬車に十月に乗りますと、寒くて気持が悪いでしょう。二頭曳ですと、車輪だって窓硝子だって音なんぞはしません。車輪にはゴムが附いていて、窓枠には羅紗が張ってあります。ですから二頭曳の馬車の中はいい心持にしんみりしていて、細かい調・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ と、忽ち、秋三は安次を世話する種々な煩雑さから迯れようとしていた今迄の気持がなくなって、ただ、勘次の家を一日でも苦しめてみることに興味を持った。「おい、南の勘とこへ行かんか。あいつはお前とこの株内や。」「肴屋か。あんなけちんぼ・・・ 横光利一 「南北」
・・・親たちの顔に現われたこういう気持ちはすぐ子供に影響しました。初めおとなしく食事を取っていた子供は、何ゆえともわからない不満足のために、だんだん不機嫌になって、とうとうツマラない事を言い立ててぐずり出しました。こういう事になると子供は露骨に意・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫