・・・底を背負って、一廻りまわって、船首へ、鎌首を擡げて泳ぐ、竜頭の船と言うだとよ。俺は殿様だ。…… 大巌の岸へ着くと、その鎌首で、親仁の頭をドンと敲いて、だってよ、べろりと赤い舌を出して笑って谷へ隠れた。山路はぞろぞろと皆、お祭礼の茸だね。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ と連立って寄る、汀に居た玉野の手には、船首へ掛けつつ棹があった。 舷は藍、萌黄の翼で、頭にも尾にも紅を塗った、鷁首の船の屋形造。玩具のようだが四五人は乗れるであろう。「お嬢様。おめしなさいませんか。」 聞けば、向う岸の、む・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・自分はなお奥の方へと彼らの間を縫って往くと、船首水雷室の前に一小区画がある、そこに七、八名の水兵が、他の仲間と離れて一団体をなし、飲んでいた。 わが水兵はいかに酔っていても長官に対する敬礼は忘れない。彼らは自分を見るや一同起立して敬礼を・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・そこで僕は、春の日ののどかな光が油のような海面に融けほとんど漣も立たぬ中を船の船首が心地よい音をさせて水を切って進行するにつれて、霞たなびく島々を迎えては送り、右舷左舷の景色をながめていた。菜の花と麦の青葉とで錦を敷いたような島々がまるで霞・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・いちばんおもしろいのは、三艘の大飛行船が船首を並べて断雲の間を飛行している、その上空に追い迫った一隊の爆撃機が急速なダイヴィングで小石のごとく落下して来て、飛行船の横腹と横腹との間の狭い空間を電光のごとくかすめては滝壺のつばめのごとく舞い上・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・一番面白いのは、三艘の大飛行船が船首を並べて断雲の間を飛行している、その上空に追い迫った一隊の爆撃機が急速なダイヴィングで礫のごとく落下して来て、飛行船の横腹と横腹との間の狭い空間を電光のごとくかすめては滝壷の燕のごとく舞上がる光景である。・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ 船首から船長の三分の一くらいのところに当って、横に張り渡した横木に大小四本の円筒が並べて垂直に固定してある。筒の外側はアルミニウムペイントで御化粧をしてあるが、金属製だかどうだか見ただけでは分らない。昔は花火の筒と云えば、木筒に竹のた・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 船首の突端へ行って海を見おろしていると深碧の水の中に桃紅色の海月が群れになって浮遊している。ずっと深い所に時々大きな魚だか蝦だか不思議な形をした物の影が見えるがなんだとも見定めのつかないうちに消えてしまう。 右舷に見える赤裸の連山・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・いつの間にか船首をめぐらせる端艇小さくなりて人の顔も分き難くなれば甲板に長居は船暈の元と窮屈なる船室に這い込み用意の葡萄酒一杯に喉を沾して革鞄枕に横になれば甲板にまたもや汽笛の音。船は早や港を出るよと思えど窓外を覗く元気もなし。『新小説』取・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 彼は、自分から動く火吹き達磨のように、のたうちまわった挙句、船首の三角形をした、倉庫へ降りる格子床の上へ行きついた。そして静かになった。 暗くて、暑くて、不潔な、水夫室は、彼が「静か」になったにも拘らず、何かが、眼に見えない何かが・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫