・・・高嶽の絶頂は噴火口から吐き出す水蒸気が凝って白くなっていたがそのほかは満山ほとんど雪を見ないで、ただ枯れ草白く風にそよぎ、焼け土のあるいは赤きあるいは黒きが旧噴火口の名残をかしこここに止めて断崖をなし、その荒涼たる、光景は、筆も口もかなわな・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・高瀬はその熱を帯びた、陰影の多い雲の形から、青空を流れる遠い水蒸気の群まで、見分けがつくように成った。 休みの時間毎に、高瀬は窓へ行った。極く幼少い時の記憶が彼の胸に浮んで来た。彼は自分もまた髪を長くし、手造りにした藁の草履を穿いていた・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・この廊下一面の凝霜の少なくも一部分は、隊員四十余名の口から吐きだされた水蒸気がこの廊下へ拡散して来て徐々に凝結したものではないかと想像してみた。そう想像することによって隊員の忍苦の長い時間的経過を味わうことができる。 バードが極飛行から・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ことに空気を局部的に熱したときに起る対流渦動の実験にはいつもこれを使っていたが、後には線香の煙や、塩酸とアンモニアの蒸気を化合させて作る塩化アンモニアの煙や、また近頃は塩化チタンの蒸気に水蒸気を作用させて出来る水酸化チタンの煙を使ったりして・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・たとえばビーカーをアルコールランプで下から熱すると水蒸気が出てそれがビーカーの外側にあたって冷却され、水粒がビーカーに附着する。これを見て児童はどうして出来るかと質問したときに、教師がそれをいいかげんに答えるのはいうまでもなく悪いが、これを・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・最初の爆発にはあんなに多量の水蒸気を噴出したのが、一時間半後にはもうあまり水蒸気を含まない硫煙のようなものを噴出しているという事実が自分にはひどく不思議に思われた。この事実から考えると最初に出るあの多量の水蒸気は主として火口の表層に含まれて・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・その容器の中の空気に、充分湿気を含ませておいてこれを急激に膨張させると、空気は膨張のために冷却し含んでいた水蒸気を持ち切れなくなるために、霧のような細かい水滴が出来る。この水滴が出来るためには、必ず何かその凝縮する時に取りつく核のようなもの・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・これはいうまでもなく、熱い水蒸気が冷えて、小さな滴になったのが無数に群がっているので、ちょうど雲や霧と同じようなものです。この茶わんを、縁側の日向へ持ち出して、日光を湯げにあて、向こう側に黒い布でもおいてすかして見ると、滴の、粒の大きいのは・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
大気中の水蒸気が凍結して液体または固体となって地上に降るものを総称して降水と言う。その中でも水蒸気が地上の物体に接触して生ずる露と霜と木花と、氷点下に過冷却された霧の滴が地物に触れて生ずる樹氷または「花ボロ」を除けば、あと・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・それは乾燥したさわやかな暑さとちがって水蒸気で飽和された重々しい暑さであった。「いつでもまるで海老をうでたように眼の中まで真赤になっていた」という母の思い出話をよく聞かされた。もっとも虫捕りに涼しいのもあった。朝まだ暗いうちに旧城の青苔滑ら・・・ 寺田寅彦 「夏」
出典:青空文庫