・・・今その最も普通なる実例の一、二を示さんに、子供が誤って溝中に落込み着物を汚すことあれば、厳しくその子を叱ることあり。もしまた誤って柱に行き当り額に瘤を出して泣き出すことあれば、これを叱らずしてかえって過ちを柱に帰し、柱を打ち叩きて子供を慰む・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・学校の内、きわめて清楚、壁に疵つくる者なく、座を汚す者なく、妄語せず、乱足せず、取締の法、ゆきとどかざるところなし。かつ学校の傍にその区内町会所の席を設け、町役人出張の場所となして、町用を弁ずるの傍に生徒の世話をも兼ぬるゆえ、いっそうの便利・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・ここに節を屈して権勢に走れば名利を得べしといえども、屈節もって金玉の身を汚すべからず。あたうるに天下の富をもってするも、授くるに将相の位をもってするも、我が金玉、一点の瑕瑾に易うべからず。一心ここにいたれば、天下も小なり、王公も賤し。身外無・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・味か、その吟味はしばらく擱き、今日の処にては、磊落と不品行と、字を異にして義を同じうし、磊々落々は政治家の徳義なりとて、長老その例を示して少壮これに傚い、遂に政治社会一般の風を成し、不品行は人の体面を汚すに足らざるのみならず、最も磊落、最も・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・えぬ神々は此天地にかむづまります独楽たのしみは戎夷よろこぶ世の中に皇国忘れぬ人を見るときたのしみは鈴屋大人の後に生れその御諭をうくる思ふ時赤心報国国汚す奴あらばと太刀抜て仇にもあらぬ壁に物・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ その人の著したもののために、世の多くの人の心が害されたと云う事が起れば、それは、自己完成と云う事が出来る事は出来るが、只其の名を汚す事をのみするものである。 如何なる事に於ても、其を一貫した「実」と云うものがなければ、其は、その形・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・ 斯様にして、権利を所有するが為に却って、魂を汚す彼女等は、同時に又その豊かな――そして其を反面から見れば非常に緊張した物質に地獄までも追いかけられて居るのでございます。 彼女等が、私共日本婦人には欠乏して居る経済思想に富んで居ると・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・瓦斯が自由に使え、いつでも蛇口を廻せば熱湯が出る台処は、働くに着物を汚す場所でもなければ、心持の悪い処でもありません。一時間も準備にかかれば気持よい夕餐が出来ます。 それを、談笑のうちにしまい、後の洗物や何かは良人も手伝って、七時半頃ま・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・法王の申した事もござるし又私としても死するより恥な破門をうけた王の命令を奉ずるのは神の御名を汚す事になるから同じ意見のものと皆かたらって命令は奉ぜぬ事に致した。 と申すのじゃ。 叛逆を起すにわざわざ知らせて寄こいたのじゃ。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・それがそういう立派な名を汚すわけでもない。 己はいつまでもエルリングの事を忘れる事が出来なかった。あの男のどこが、こんなに己の注意を惹いたのだか、己の部屋に這入っていた時間が余り短かったので、なんとも判断しにくい。目は青くて、妙な表情を・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫