・・・ と思って、若者はその人だかりのしているそばにいってみますと、汚らしい少年をみんながとりかこんでいるのであります。「さあ、赤い鳥を呼んでみせろ。」と、一人がいいますと、また、あちらから、「さあ、白い鳥を呼んでみせろ!」とどなりました・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・お姫さまはこんなに美しい娘が、どうして、またこんなに汚らしいようすをしているのかと怪しまれたのです。「おまえは、だれだ?」と、お姫さまは、おたずねになりました。 すると女の乞食は、悪びれずに、「わたしは、貧しい人間です。親もあり・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・と、勇ちゃんは思ったが、まさかこんな汚らしい家ではあるまいというような気もして、その前までいってみると、木田の姿が、すぐ目にはいったのです。「勇ちゃん、裏の方へおまわりよ。」 木田は、喜んでたずねてきてくれた友だちを迎えました。みか・・・ 小川未明 「すいれんは咲いたが」
・・・ 桂はうまそうに食い初めたが、僕は何となく汚らしい気がして食う気にならなかったのをむりに食い初めていると、思わず涙が逆上げてきた。桂正作は武士の子、今や彼が一家は非運の底にあれど、ようするに彼は紳士の子、それが下等社会といっしょに一膳め・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・こんな所へ来て、こっそり髪をつくってもらうなんて、すごく汚らしい一羽の雌鶏みたいな気さえして来て、つくづくいまは後悔した。私たち、こんなところへ来るなんて、自分自身を軽蔑していることだと思った。お寺さんは、大はしゃぎ。「このまま、見合い・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・科学者は落着いて自然を見もしないで長たらしい数式を並べ、画家はろくに自然を見もしないで徒に汚らしい絵具を塗り、思想家は周囲の人間すらよくも見ないで独りぎめのイデオロギーを展開し、そうして大衆は自分の皮膚の色も見ないでこれに雷同し、そうして横・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・古井戸の前には見るから汚らしい古手拭が落ちて居た。私は昔水戸家へ出入りしたとか云う頭の清五郎に手を引かれて、生れて始めて、この古庭の片隅、古井戸のほとりを歩いたのであった。古井戸の傍に一株の柳がある。半ば朽ちた其幹は黒い洞穴にうがたれ、枯れ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・然も一思いに潔く殺され滅されてしまうのではなく、新時代の色々な野心家の汚らしい手にいじくり廻されて、散々慰まれ辱しめられた揚句、嬲り殺しにされてしまう傷しい運命。それから生ずる無限の哀傷が、即ち江戸音曲の真生命である。少くともそれは二十世紀・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・それから風呂へ入るとき、風呂桶のフチや洗桶やをよくよく気をつけ、穢らしいバチルスを目になど入れぬよう、本当に気をおつけになって下さい。私はあなたについては下らぬ心配を一つもせず安心しているのですが、そして、私はよく仕事をして丈夫で、私の周囲・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫