・・・天下後世にその名を芳にするも臭にするも、心事の決断如何に在り、力めざるべからざるなり。 然りといえども人心の微弱、或は我輩の言に従うこと能わざるの事情もあるべし。これまた止むを得ざる次第なれども、兎に角に明治年間にこの文字を記して二氏を・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 遂に決断して亀戸天神へ行く事にきめた。秀真格堂の二人は歩行いて往た。突きあたって左へ折れると平岡工場がある。こちらの草原にはげんげんが美しゅう咲いて居る。片隅の竹囲いの中には水溜があって鶩が飼うてある。 天神橋を渡ると道端に例の張・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・走者は匆卒の際にも常に球の運動に注目しかかる時直ちに進んで険を冒し第二基に入るか退いて第一基に帰るかを決断しこれを実行せざるべからず。第二基より第三基に移る時もまたしかり。第三基より本基に回る時もまたしかり。但第三基は第二基よりも攫者に近く・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・彼女は、同志として、ドミトリーの決断を知りたいのである。赤坊のために、自身の発育を低める党員があるだろうか? 娘にとって闘士であり、革命家である父であるためには、結局日常生活の実践そのもので、彼がひるまぬ闘士であり、革命家でなければならない・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 物におどおどし、恥しいほど決断力も、奮発心も失せてしまった。 貧と不具にせめさいなまれて、栄蔵の神経は次第に鈍く、只悲しみばかりを多く感じる様になった。 今度お君を自分の妹の家へやるについても、栄蔵の頭には、これぞと云った父親・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・それは、どうせ身の上相談に訴えて来るような女のひと達は、生活の上に自主性のない、決断力を欠いている人々である、だから余りはっきり社会的にそれを説明したって無駄であるし、また余りきっぱりした処置を示したところで却って喜ばず、新聞社としてもそう・・・ 宮本百合子 「女性の教養と新聞」
・・・ すべての権力をソヴェトへ 餓えた農民と労働者は不決断な臨時政府がついにブルジョアの手先で彼らのものでないことを理解し、兵士は塹壕から、フロックコートを着てやって来る社会民主主義の煽動者をぼいこくった。ケレンスキーが、星条旗のひるが・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・一九二九年の一家総出のヨーロッパ旅行は、父の経済力にとって、又母の体力にとって、超常識な決断であった。父は、母を海外へつれてゆくについて、万一の場合、子供らから離れていては母がさぞ悲しいであろうと、長男夫婦、末娘までを一行に加えた。・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・たかい、不幸から自分たちの運命を救い出してゆくのが、わたしたちの生活の切実な実体だとすれば、壺井栄さんのこの作品集にたたえられている働いて生きるものの実際から苅りとられて来ている智慧、ものわかりよさ、決断、きたないことをきらう精神は、人民生・・・ 宮本百合子 「壺井栄作品集『暦』解説」
・・・ ツルゲーネフが二十を越したばかりのロシアの富裕な貴公子で、天性優美と不決断とを持った西欧主義者として当時ペテルブルグの華やかな社交界に余暇の多い日々を送っていたればこそ、舞台以外のヴィアルドオ夫人と親しくする機会をもち、彼とは対蹠的で・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫