・・・、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆすぶっているにしても、・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・ お蓮は膝の小犬を撫でながら、仕方なさそうな微笑を洩らした。汽船や汽車の旅を続けるのに、犬を連れて行く事が面倒なのは、彼女にもよくわかっていた。が、男とも別れた今、その白犬を後に残して、見ず知らずの他国へ行くのは、どう考えて見ても寂しか・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ ちょっと立どまって、大爺と口を利いた少いのが、続いて入りざまに、「じゃあ、何だぜ、お前さん方――ここで一休みするかわりに、湊じゃあ、どこにも寄らねえで、すぐに、汽船だよ、船だよ。」 銀鎖を引張って、パチンと言わせて、「出帆・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・伏木から汽船に乗りますと、富山の岩瀬、四日市、魚津、泊となって、それから糸魚川、関、親不知、五智を通って、直江津へ出るのであります。 小宮山はその日、富山を朝立、この泊の町に着いたのは、午後三時半頃。繁昌な処と申しながら、街道が一条海に・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・このとき、沖のはるかに、赤い筋の入った一そうの大きな汽船が、波を上げて通り過ぎるのが見えました。露子は、ふと、この汽船は遠くの遠くへいくのではないかと思って見ていますと、お姉さまも、またじっとその船をごらんになりました。「お姉さま、この・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・そして私の持っていた土地の上に鉄道を敷いたり汽船を走らせたり、電信をかけたりしている。こうしてゆくと、いつかこの地球の上は、一本の木も一つの花も見られなくなってしまうだろう。私は昔から美しいこの山や、森林や、花の咲く野原を愛する。いまの人間・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・ 汽船は出た。甲板に立った銭占屋の姿がだんだん遠ざかって行くのを見送りながら、私は今朝その話の中に引いた唄の文句を思いだして、「どこのいずこで果てるやら――まったくだ、空飛ぶ鳥だ!」とそう思った。 が、その小蒸汽の影も見えなくな・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そりゃ三文渡しの船頭も船乗りなりゃ川蒸気の石炭焚きも船乗りだが、そのかわりまた汽船の船長だって軍艦の士官だってやっぱり船乗りじゃねえか。金さんの話で見りゃなかなか大したものだ、いわば世界中の海を跨にかけた男らしい為事で、端月給を取って上役に・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・やはりいい天気であった。汽船との連絡の待合室で顔を洗い、そこの畳を敷いた部屋にはいって朝の弁当をたべた。乗替えの奥羽線の出るのは九時だった。「それではいよいよ第一公式で繰りだしますか?」「まあ袴だけにしておこうよ。あまり改った風なぞ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ぼんやりした燈りを睡むそうに提げている百噸あまりの汽船のともの方から、見えない声が不明瞭になにか答えている。それは重々しいバスである。「いないのかよう。××さんは」 それはこの港に船の男を相手に媚を売っている女らしく思える。私はその・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
出典:青空文庫