・・・丸アミの中心にイワシの頭をくくりつけ、ラムネのびんをオモリにして沈めておけば、カニはその中に入って来る。このごろ、子供たちがよくカニとりに行き、何十匹もとって来てオカズ代りになることが多い。しかし、これはほとんど技術が入らず、釣りのうちに入・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・併し火葬のように無くなってもしまわず、土葬や水葬のように窮屈な深い処へ沈められるでもなし、頭から着物を沢山被っている位な積りになって人類学の参考室の壁にもたれているなども洒落ているかもしれぬ。其外に今一種のミイラというのはよく山の中の洞穴の・・・ 正岡子規 「死後」
・・・遥かの空に白雲とのみ見つるが上に兀然として現われ出でたる富士ここからもなお三千仞はあるべしと思うに更にその影を幾許の深さに沈めてささ波にちぢめよせられたるまたなくおかし。箱根駅にて午餉したたむるに皿の上に尺にも近かるべき魚一尾あり。主人誇り・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくな・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・記憶の裡に浮み上るその頃の自分が、我ながら無条件に可愛ゆいとは云いかねるような心の容を持っているために、一層気持がこじれるから、兎に角、平常、自分の小学校時代、誠之、というものは、密接な割に意識の底に沈められて来たのである。 ところが、・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ 世相的、風俗的作品として、あれこれの小説が時代のただの反射として書かれていたとき、藤村は水面の波としてあらわれるそれ等の現象の底まで身を沈めて、日本のその時代を一貫する流のなかにあった寒流・暖流の交錯の悲劇にまでふれようと試みたのであ・・・ 宮本百合子 「作家と時代意識」
・・・まもなくここで、疲れた身体を横たえるであろう看護婦たちに、彼は山野の清烈な幻想を振り撒いてやるために、そっと百合の花束を匂い袋のように沈めておいて戻って来た。 九 山の上では、また或る日拗く麦藁を焚き始めた。彼は・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・その瞬間の栖方の動作は、たしかに何かに驚きを感じたらしかったが、そっとそのまま梶は栖方をそこに沈めて置きたかった。「あの扇風機の中心は零でしょう。中の羽根は廻っていて見えませんが、ちょっと眼を脱して見た瞬間だけ、ちらりと見えますね。あの・・・ 横光利一 「微笑」
・・・しかし舟が、葉や花を水に押し沈めながら進んで行くうちに、何となく周囲の様子が変わってくる。いつの間にか底紅の花の群落へ突入していたのである。花びらの底の方が紅色にぼかされていて、尖端の方がかえって白いのであるが、花全体として淡紅色の加わって・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・ 私は固い腰掛けに身を沈めて、先ほどまでの小さい出来事を思い返した。一々の瞬間にそうならなければならないある者がひそんでいるようにも思えた。すべての条件が最後の瞬間を導き出すように整然たる秩序の内に継起したようにも感じられた。そうして私・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫