・・・ 日本が世界歴史のこの多岐な頁をしのいでゆく永年に亙っての実力のために、日本人はこれまでの誇りとして自認している勇気を更に多様な沈着な粘りつよく周密なものとしての面に発揮してゆかなければならないでしょうし、社会事情の複雑さについて却って・・・ 宮本百合子 「歳々是好年」
・・・重畳する波瀾をとおして、もし私たちが女としてただ一つの善意さえ現実に成り出させようと願うなら、いつの時代よりも世紀の紛乱におどろきひるまない判断と、沈着な意志とが求められていることは、明かではないだろうか。 こうして私たちは少しずつ少し・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・終極における愛とは、妻の愛にしろ、母の愛にしろ、波瀾にめげず、社会と自分との裡にあるより人間的な可能性を見きわめ、その実現のためにこの世を凌いでゆける沈着、快活な勇気と精励とを愛する者の心に湧き起す泉の様なものでなければならないのではあるま・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・作家は、私というものを改めてつかまえなおして、その門から今日の歴史の複雑多様な波流の中へ、沈着剛毅に現われ出なければならないのではなかろうか。高速度カメラが夢中で疾走する人体の腿の筋肉をも見せる力をもっているように、こうして動きつつ、動かし・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・戦争が世界的な規模になって来ている今、若い世代は次第に沈着にめいめいの運命を担って最善をそこにつくしてゆく健気な心になっている。友情もそれらの波瀾を互の人生的なものとして凌いで行こうとするその雄々しさと思いやりとで結ばれて行くように変化しつ・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・ 永年あまりおさえつけられて来たために日本の人の感情にはまだまだ沈着で粘りづよいはずみというものが不足している。はっきりと自分たちの求めているものを見きわめて、その目的を実現させるためには決してへこむことない忍耐づよさで、よいバネのよう・・・ 宮本百合子 「正義の花の環」
・・・ゾシチェンコは中央アジアのどこかに避難していて、羊の焙肉をたべていて、やせもしなかった体と、脂肪の沈着した脳髄とをもって、やつれはて、しかし元気は旺盛で、笑いを求めているレーニングラードに帰ってきた。そして自分の店をひろげはじめた。 ソ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・らつくられた者であると同時に歴史をつくりつつあるものであるという現実の価値をはっきりわがものとして感じとったとき、小さい一つの行動も深く大きいその自覚に支えられているとき、私たちは本当の勇気と堅忍との沈着で透明な喜悦を心に感じるのだと思う。・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・そのためには自然欠くことの出来ない落付いた理性の判断と、柔軟溌溂な独創性、沈着な行動性。それ等のものが、知性と云われるもののなかにみんな溶けこんでいて、事にのぞみ、場合に応じ、本人にとっては何か直感的な判断の感じ、或はどう考えてもそうするの・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・宇平を始、細川家から暇を取って帰っていた姉のりよが喜は譬えようがない。沈着で口数をきかぬ、筋骨逞しい叔父を見たばかりで、姉も弟も安堵の思をしたのである。「まだこっちではお許は出んかい」と、九郎右衛門は宇平に問うた。「はい。まだなんの・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫