・・・崩れたようなからだつきは何かいろっぽく思えたが、しかし、やや分厚い柔かそうな下唇や、その唇の真中にちょっぴり下手に紅をつける化粧の仕方や、胸のふくらみのだらんと下ったところなど、結婚したらきっと子供を沢山産んで、浴衣の胸をはだけて両方の乳房・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・そら吸筒――果して水が有る――而も沢山! 吸筒半分も有ったろうよ。やれ嬉しや、是でまず当分は水に困らぬ――死ぬ迄は困らぬのだ。やれやれ! 兎も角も、お蔭さまで助かりますと、片肘に身を持たせて吸筒の紐を解にかかったが、ふッと中心を失って今・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・彼は玄関へ入るなり、まず敷台の隅の洋傘やステッキの沢山差してある瀬戸物の筒に眼をつける――Kの握り太の籐のステッキが見える――と彼は案内を乞うのも気が引けるので、こそ/\と二階のKの室へあがって行く。……「……K君――」「どうぞ……・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・朝は大抵牛乳一合にパン四分の一斤位、バターを沢山付けて頂きます。その彼へスープ一合、黄卵三個、肝油球。昼はお粥にさしみ、ほうれん草の様なもの。午後四時の間食には果物、時には駿河屋の夜の梅だとか、風月堂の栗饅頭だとかの注文をします。夕食は朝が・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・「そうでしたね、日曜は兵隊が沢山来る日でしたね」と自分は何心なく言った。すると母、やはり気がとがめるかして、少し気色を更え、音がカンを帯びて、「なに私どもの処に下宿している方は曹長様ばかりだから、日曜だって平常だってそんなに変らない・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・お守りが沢山慾張って入れてある。金刀比羅宮、男山八幡宮、天照皇大神宮、不動明王、妙法蓮華経、水天宮。――母は、多ければ多いほど、御利益があると思ったのだろう! それ等が、殆んど紙の正体が失われるくらいにすり切れていた。――まだある。別に、紙・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・唐の時は釣が非常に行われて、薜氏の池という今日まで名の残る位の釣堀さえあった位ですから、竿屋だとて沢山ありましたろうに、当時持囃された詩人の身で、自分で藪くぐりなんぞをしてまでも気に入った竿を得たがったのも、好の道なら身をやつす道理でござい・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 薄暗い面会所の前を通ると、そこの溜りから沢山の顔がこっちを向いた。俺は吸い残りのバットをふかしながら、捕かまるとき持っていた全財産の風呂敷包たった一つをぶら下げて入って行った。煙草も、このたった一本きりで、これから何年もの間モウのめな・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・七「なに、これで沢山だ、悪いと云えば帰って来る」 と無慾の人だから少しも構いませんで、番町の石川という御旗下の邸へ往くと、お客来で、七兵衞は常々御贔屓だから、殿「直にこれへ……金田氏貴公も予て此の七兵衞は御存じだろう、不断はまる・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・夏らしい日あたりや、影や、時の物の茄子でも漬けて在院中の慰みとするに好いような沢山な円い小石がその川岸にあった。あの小山の家の方で、墓参りより外にめったに屋外に出たことのないようなおげんに取っては、その川岸は胸一ぱいに好い空気を呼吸すること・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫