・・・お小姓がね、皺を伸してその白粉の着いた懐紙を見ていたが、何と思ったか、高島田に挿している銀の平打の簪、※が附いている、これは助高屋となった、沢村訥升の紋なんで、それをこのお小姓が、大層贔屓にしたんだっさ。簪をぐいと抜いてちょいと見るとね、莞・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
これは狐か狸だろう、矢張、俳優だが、数年以前のこと、今の沢村宗十郎氏の門弟で某という男が、或夏の晩他所からの帰りが大分遅くなったので、折詰を片手にしながら、てくてく馬道の通りを急いでやって来て、さて聖天下の今戸橋のところま・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・俳優沢村氏新戯場ヲ開カントシテ未ダ成ラズ。故ニ温泉場ヲ開イテ以テ仲街ノ衰勢ヲ挽回セントスル也。建築ノ風一妓楼ノ如ク、楼ニ接シテ数箇ノ小茶店アリ。各酒肴ヲ弁ジ、且ツ絃妓ヲ蓄フ。亦花街ノ茶店ニ異ラズ。此楼モトヨリ浴ス可ク又酔フ可ク又能ク睡ル可シ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・もっとも幼少の頃は沢村田之助とか訥升とかいう名をしばしば耳にした事を覚えている。それから猿若町に芝居小屋がたくさんあったかのように、何となく夢ながら承知している。しかも、あとから聞くと訥升が贔屓だったという話であるから驚ろく。それはおおかた・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・婦人協議員沢村貞子、同じく演劇同盟員北原幸子という二人の若い同志もいます。日本にプロレタリア文化運動が始まって以来未だかつてなかった今度のがむしゃらな大暴圧が「コップ」に加えられたというのはなぜでありましょうか? 戦争準備のためです。 ・・・ 宮本百合子 「ますます確りやりましょう」
出典:青空文庫