・・・しかもこの若い御新造は、時々女権論者と一しょに、水神あたりへ男連れで泊りこむらしいと云うじゃありませんか。私はこれを聞いた時には、陽気なるべき献酬の間でさえ、もの思わしげな三浦の姿が執念く眼の前へちらついて、義理にも賑やかな笑い声は立てられ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・伯母はまだこのほかに看護婦は気立ての善さそうなこと、今夜は病院へ妻の母が泊りに来てくれることなどを話した。「多加ちゃんがあすこへはいると直に、日曜学校の生徒からだって、花を一束貰ったでしょう。さあ、お花だけにいやな気がしてね」そんなことも話・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・時刻も遅いからお泊りなさい今夜は」「ありがとうございますが帰らせていただきます」「そうですか、それではやむを得ないが、では御相談のほうは今までのお話どおりでよいのですな」「御念には及びません。よいようにお取り計らいくださればそれ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 私は熟と視て、――長野泊りで、明日は木曾へ廻ろうと思う、たまさかのこの旅行に、不思議な暗示を与えられたような気がして、なぜか、変な、擽ったい心地がした。 しかも、その中から、怪しげな、不気味な、凄いような、恥かしいような、また謎の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・……「昨夜はどちらでお泊り。」「武生でございます。」「蔦屋ですな、綺麗な娘さんが居ます。勿論、御覧でしょう。」 旅は道連が、立場でも、また並木でも、言を掛合う中には、きっとこの事がなければ納まらなかったほどであったのです。・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・そして、日暮れに木賃宿へ帰ってきて泊まりました。彼は、ほかにいって泊まるところがなかったからです。 この木賃宿には、べつに大人の乞食らがたくさん泊まっていました。そして、彼らは、その日いくらもらってきたかなどと、たがいに話し合っていまし・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・「こんなに天気が悪いから、おじいさんは、お泊まりなさるだろう。」と、家の人たちはいっていました。 太郎は、おじいさんが、晩までには、帰ってくるといわれたから、きっと帰ってこられるだろうと堅く信じていました。それで、どんなものをおみや・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・私は泊り客かと思ったら、後でこの家の亭主と知れた。「泊めてもらいたいんですが……」と私は門口から言った。 すると、三十近くの痩繊の、目の鋭い無愛相な上さんが框ぎわへ立ってきて、まず私の姿をジロジロ眺めたものだ。そうして懐手をしたまま・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 追分は軽井沢、沓掛とともに浅間根腰の三宿といわれ、いまは焼けてしまったが、ここの油屋は昔の宿場の本陣そのままの姿を残し、堀辰雄氏、室生犀星氏、佐藤春夫氏その他多くの作家が好んでこの油屋へ泊りに来て、ことに堀辰雄氏などは一年中の大半をこ・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・その会話は、オーさんという客が桃子という芸者と泊りたいとお内儀にたのんだので、お内儀が桃子を口説いている会話であって、あんたはここに泊るか、それとも帰るかというのを、「おいやすか、おいにやすか」といい、オーさんは泊りたいと言っているというの・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫