・・・跛で結伽のできなかった大燈国師が臨終に、今日こそ、わが言う通りになれと満足でない足をみしりと折って鮮血が法衣を染めるにも頓着なく座禅のまま往生したのも一例であります。分化はいろいろできます。しかしその標準を云うとまず荘厳に対する情操と云うて・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・白き髯を胸まで垂れて寛やかに黒の法衣を纏える人がよろめきながら舟から上る。これは大僧正クランマーである。青き頭巾を眉深に被り空色の絹の下に鎖り帷子をつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈もなく舷から飛び上る。はなやかな鳥の毛を帽に挿・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・品の好くて見栄えのしない法衣をまとった二人の若僧と、枯れた様な僧が一人寝台のすぐそばに居る。二人の若僧は、大変に奇麗な顔をして居る。幕が上ると、一つ長腰掛に三人一っかたまりになって居る。やがて第一の若僧が立って自分の肩のあたりを・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・垢つき弊れた法衣を着て、長く伸びた髪を、眉の上で切っている。目にかぶさってうるさくなるまで打ちやっておいたものと見える。手には鉄鉢を持っている。 僧は黙って立っているので閭が問うてみた。「わたしに逢いたいと言われたそうだが、なんのご用か・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫