・・・劫初以来人の足跡つかぬ白雲落日の山、千古斧入らぬ蓊鬱の大森林、広漠としてロシアの田園を偲ばしむる大原野、魚族群って白く泡立つ無限の海、ああこの大陸的な未開の天地は、いかに雄心勃々たる天下の自由児を動かしたであろう。彼らは皆その住み慣れた祖先・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ 今日汽車の内なる彼女の苦悩は見るに忍びざりき、かく言いて二郎は眉をひそめ、杯をわれにすすめぬ。泡立つ杯は月の光に凝りて琥珀の珠のようなり。二郎もわれもすでに耳熱し気昂れり。月はさやかに照りて海も陸もおぼろにかすみ、ここかしこの舷燈は星・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・強い南風に吹かれながら、乱石にあたる浪の白泡立つ中へ竿を振って餌を打込むのですから、釣れることは釣れても随分労働的の釣であります。そんな釣はその時分にはなかった、御台場もなかったのである。それからまた今は導流柵なんぞで流して釣る流し釣もあり・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・私は、たいへん素直な気持で、そう言って泡立つビイルのコップを前方に差し出した。 カチリと三つのコップが逢って、それから三人ぐっと一息に飲みほした。途端に、熊本君は、くしゃんと大きいくしゃみを発した。「よし。よろこびのための酒は一杯だ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・波頭に 白く まろく、また果かなく少女時代の夢のように泡立つ泡沫は新たに甦る私の前歯とはならないか。打ちよせ 打ち返し轟く永遠の動きは鈍痲し易い人間の、脳細胞を作りなおすまいか。幸運のアフロディテ水沫から生れたア・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・ 朝 彼等の小窓に 泡立つレースのカーテンが 御殿のように風に戦いで 膨らんだ。〔一九二四年六月〕 宮本百合子 「心の飛沫」
出典:青空文庫