・・・なぜと言えば、そういう宣伝は無制限に波及する気づかいがないからである。これに反して「善い事」の宣伝のほうはかえってはるかに危険であるかもしれない。なぜとならば、それはひょっとしたらどこまでも広がるかもしれないという恐れがあるからである。そう・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・そうした食料品の欠乏が漸次に波及して行く様が歴然とわかった。帰ってから用心に鰹節、梅干、缶詰、片栗粉などを近所へ買いにやる。何だか悪い事をするような気がするが、二十余人の口を託されているのだからやむを得ないと思った。午後四時にはもう三代吉の・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及するであろう。今度の暴風で畿内地方の電信が不通になったために、どれだけの不都合が全国に波及したかを考えてみればこの事は了解されるであろう。 これほどだいじな神経や血管であ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・音に伴う一種の振動は胸腔全部に波及している事がさわってみると明らかに感ぜられる。腹腔のほうではもうずっと弱く消されていた。これは振動が固い肋骨に伝わってそれが外側まで感ずるのではないかと思うのである。それにしてもこの音の発するメカニズムや、・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ドイツ自身の欠乏と混乱とがこんな所までも波及しているかという気がする。実際鶏卵や牛乳や靴の欠乏は聞くも気の毒な状態であるらしいが、ただ驚くのはかの国の科学者、特にペンと紙のほかには物質的材料を要しない種類の科学者が依然としてきわめて重要な研・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 喫茶店などで見受ける若い男女に活動仕込みの表情姿態を見るのは怪しむまでもないが、これが四十前後の堅気な男女にまで波及して来たのだとすると、これはかなり容易ならぬ事かもしれない。 天平時代の日本の都の男女はやはりこういうふうにして唐・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・重いものの墜落の衝動が地に波及するという考えも暗示されている。「地下の風」の圧力が地の傾動を起こし震動を起こすという考えが、最近のマグマ運動と地震の関係に関する学説を連想させる。 津波の記事の加えられているのは地震国たるギリシア・ロ・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・政治の気風が学問に伝染してなお広く他の部分に波及するときは、人間万事、政党をもって敵味方を作り、商売工業も政党中に籠絡せられて、はなはだしきは医学士が病者を診察するにも、寺僧または会席の主人が人に座を貸すにも、政派の敵味方を問うの奇観を呈す・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・その力を伸ぶるを得ず。外を以て内を制し、公を以て私を束縛するものというべし。 この悪風の弊害は、決して一家の内に止まるものにあらず。その波及する所、最も広くしてかつ大なり。ここにその一を述べん。かの政談家の常に患える所は、結局民権退縮・・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ 世禄の武家にしてかくの如くなれば、その風はおのずから他種族にも波及し、士農工商、ともに家を重んじて、権力はもっぱら長男に帰し、長少の序も紊れざるが如くに見えしものが、近年にいたりてはいわゆる腕前の世となり、才力さえあれば立身出世勝手次・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫